ピアニストのニコライ・ルガンスキー…「ピアノの思索家」が奏でる豊かな調べ
世界屈指のピアノの達人、ロシアのニコライ・ルガンスキー(52)は、名人の域を超えた「ピアノの思索家」だ。ラフマニノフやワーグナーの楽譜からなぜ、これほど多くのものを引き出せるのか。最近の演奏や録音について語ってくれた。(松本良一)
10月に来日し、シャルル・デュトワ指揮のNHK交響楽団と、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を共演。水際だった技巧で聴衆を魅了した。ライフワークにする作曲家の生誕150年だった昨年は、ラフマニノフ作品を集中的に取り上げる連続リサイタルをモスクワ、ロンドン、パリで開いた。とりわけ注目されたのは40分近い大作、ピアノ・ソナタ第1番だ。
「演奏至難な割に地味なのであまり演奏されてこなかったが、非常に重要な作品です」。昨年の来日時に東京・銀座のヤマハホールで記者はこの曲を聴いたが、ゲーテの名作「ファウスト」から想を得たという「聖」と「俗」、二つの顔を持った物語の神髄に迫る演奏だった。
「同じ物語を扱ったリストの『ファウスト交響曲』やマーラーの交響曲第8番と違い、残酷な結末を迎えるところが肝心です。悲劇のヒロインであるグレートヒェンに寄り添う作曲家の心情の反映でしょう」
この曲のほか、練習曲集「音の絵」などラフマニノフの主要作品をハルモニアムンディ・レーベルなどで録音している。だが、得意とするのはラフマニノフら自国の作曲家だけではない。ピアノという楽器を離れて楽譜を深く読み込み、音楽の核心に迫る並外れた手腕は、最新録音「ピアノによるワーグナー名場面集」からもうかがえる。
「20年以上前からその壮大な音楽をピアノで表現することに取り組んできた。楽劇『ニーベルングの指環(ゆびわ)』については、第4部『神々の黄昏(たそがれ)』の四つの場面を自分で編曲した」と話す。
「天才の台所に入り込み、その素材で料理を作るようなもの。こんなに楽しい作業はありません」
オーケストラを思わせる豊かな響きや、ストーリーや曲想の巧みな要約などは、作品世界の全体を見渡せる教養と知性があってこそ。現在進行中のベートーベンのピアノ・ソナタ全曲録音にも期待が高まる。作曲家の内面世界を探る旅はまだまだ続きそうだ。