残虐描写のつるべ打ちも…実は原作どおり? 映画『シン・デレラ』は童話をいかにアップデートしたのか? 考察&評価レビュー
シンデレラの父親は生きている?
ラストシーンでフェアリーゴッドマザーの誘いを断っただけではなく、彼女を殺したシンデレラは、新しいフェアリーゴッドマザーとなり、従者を従えて霧の中へと姿を消した。 このラストシーンからも、シンデレラが新しいフェアリーゴッドマザーとなり、新たな惨劇を求めて旅立って行ったことがわかる。 そんなシンデレラだが、彼女はなぜ新しいフェアリーゴッドマザーとなったのか。 その答えは、シンデレラの父親にあると筆者は考える。 本作の冒頭で、本に操られた中年男性が殺戮を起こしていたが、この人物こそがシンデレラの父親なのだろう。 しかしフェアリーゴッドマザーの従者の中に、父親と思われる存在はいなかった。もしいたのであれば、シンデレラが気づいているはずだ。 すなわち“シンデレラの父親は、まだ生きている可能性がある”ということである。 そのため、シンデレラはフェアリーゴッドマザーに魂を奪われるわけにはいかず、逆に彼女を殺すことで新たなフェアリーゴッドマザーとなり、父親を探す旅に出かけたのだろう。
フェミニズム的視点と新しいシンデレラ像
本作は、単なるホラー映画の枠にとどまらず、フェミニズム的な要素も感じさせるストーリーに仕上がっている。 従来の伝統的なシンデレラ像は、助けを待つ受動的な女性として描かれることが多く、王子に代表される他者に依存する形で幸せを成就する展開が一般的であった。 しかし、本作のシンデレラは、自ら力を手にして運命を切り開き、自分の尊厳と権利、そして幸せを手にしている。 本作は、現代の女性が直面する抑圧や不平等への抵抗をエンパワーメントする側面があるのだ。また、フェアリーゴッドマザーという存在が、相手を支配する力を持つ強い存在として描かれることで、権力と依存の関係が複雑に描かれている点にも注目である。 (文・ニャンコ)
ニャンコ