「一番なりたくない病気」と語る医師も…潜在患者1000万人以上の「ナゾの病」化学物質過敏症とは何か
多大なストレスに山奥で暮らす患者も
渡井医師は続ける。 「同僚の医師が『一番なりたくない病気は何だろうと考えたとき、化学物質過敏症かもしれない』と言っていました。命にはかかわらないけれど、生きているほうが当然いい……とはなかなか思えない。また診療に当たる医療従事者側も、多大なストレスから人に対して攻撃的な一部の患者への対応で心をすり減らし、最後はもう診られないと診療拒否に至るケースもあります。化学物質過敏症とは、患者にとっても医療従事者にとっても非常に過酷な病です」 となれば、なおさら一日も早い治療法の確立が望まれるが、大規模な臨床試験に基づく科学的根拠に乏しく、現段階では化学物質過敏症に保険適応の治療法はない。 「発症につながる根本的な原因がはっきりしていない、それが大きな理由です。患者さんが反応しやすいものとして洗剤や柔軟剤に含まれる香料、またここ数年ではコロナ禍以降頻繁に使われるようになった消毒用アルコールなどの揮発性物質がありますが、ではそれらを排除した生活を送ればこの病が治るかといったらそうでもない。これらがきっかけで引き起こされてはいても、それ自体が根本原因とは言い切れないのです」 化学物質などからの曝露(さらされること)を避けるため、人里離れた山奥で生活しているという患者がいる。でもその生活を続けていたら治るかというと、治ってはいないのだという。あくまで回避にすぎず、転地療法や対症療法ともいえない根本の解決策ではないからだ。
しぼられつつある「ナゾの病」のカラクリ
では、直接の原因として何が考えられるのか。その答えを導き出そうとした国内外の研究結果をまとめると、一つの有力な仮説が出ているという。基礎医学的な研究結果のみならず、実際に診療にあたる医師の治療経験を併せてみても、ここに来てかなり確証の高いものとなっている。 「化学物質過敏症は、外の環境からのさまざまな刺激に対して脳が敏感に関与する、脳過敏(中枢性感作)な疾患であることがわかってきました。わかりやすくいえば、気管支喘息は気管支が過敏な疾患、アトピー性皮膚炎は皮膚が過敏な疾患、化学物質過敏症は脳が過敏な疾患ということになります。 脳が関与していると思われる疾患を中枢性感作症候群と呼び、同じ概念と考えられる疾患としては片頭痛、慢性疲労症候群、線維筋痛症などがあります。これらに対し、脳の敏感さを抑えてあげられるような薬の投与ができないか。そして、それが症状を軽くし、本当にこの病で困っている患者を救う有効な方法なのではないかと考えられています」 過剰に反応する化学物質をある程度避けることは必要だが、そこにポイントを置くのでなく、模索しているのは脳や神経にアプローチする治療法である。 「ごく簡単な例ですが、スギ花粉症の人に花粉がバンバン飛んでいる映像を見せると体が自然に反応し、鼻水が出たりする。確かにスギ花粉が悪さをしてアレルギーを引き起こしてはいますが、こうした現象は脳からきている部分も多分に関与していて、原因には大きく分けて2通りが考えられるのです。 局所麻酔薬アレルギー疑いの患者さんを調べたときも、検査で単なる生理食塩水を投与したところ、局所麻酔薬を投与されたときと同じような症状を訴えた例もあり、アレルギーや過敏症では脳が関与する、いわゆる“気のせい”と言える部分もあながち否定できない。まだ仮説段階ながら、こうした感覚や脳の問題が化学物質過敏症では大きいのではないかと考えています」