トランプ次期政権の足かせは「イーロン・マスク大統領」か…国民のプライバシーを軽視する「シリコンバレー発の政治哲学」
トランプ氏とマスク氏の支持者の間に溝
トランプ氏にとっての足かせは共和党の保守強硬派ばかりではない。筆者は「イーロン・マスク氏が最大の攪乱要素になるのではないか」と考えている。 マスク氏の政治的影響力は日に日に高まるばかりだ。米ワシントン・ポストによれば、昨年7月から12月中旬までにマスク氏のX(旧Twitter)投稿が閲覧された総数は1330億回と、トランプ氏の15倍に達した。 このような状況を踏まえ、民主党側は「マスク大統領」と称し、トランプ氏がマスク氏に主導権を握られていると印象づけて両者の関係にくさびを打ち込もうとしているが、トランプ氏は今のところ意に介していない。 だが、マスク氏とトランプ氏の従来の支持者の間であつれきが生まれている。
今後はさまざまな対立点が表面化する可能性
問題になっているのは、南アフリカ出身のマスク氏が自ら取得している「高技能労働者向け就労ビザ」の扱いだ。 以前から厳格な移民政策を主張してきたMAGA(Make America Great Again=アメリカを再び偉大な国に)の熱狂的な支持者は、米国人から高給の職を奪っている外国出身の高技能労働者に対する例外を認めるべきではないと主張している。 これに対し、マスク氏をはじめとするテック業界は、経済競争力を高めるために高技能労働者の受け入れ拡大を主張し、真っ向から対立している。 トランプ氏は「高技能労働者向け就労ビザは素晴らしい制度だ」としてマスク氏を支持する立場を明らかにしたが、この論争は奇しくもトランプ氏のポピュリズム的な支持基盤と財界のトランプ支持者との間の緊張関係を浮き彫りにした感がある。移民問題にとどまらず、今後はさまざまな対立点が表面化する可能性が高いだろう。
MAGA支持者の怒りがトランプ氏に向かえば……
マスク氏が信奉するとされる「テクノ・リバタリアニズム」という政治哲学も要注意だ。リバタリアニズム(自由至上主義)をハイテクによって実現しようとするシリコンバレー発の思想で、日本ではあまり知られていない。 規制緩和を訴えるトランプ氏に2016年頃から接近していた彼らが、マスク氏のおかげで、ついに政権の中枢に影響力を及ぼせるようになった形だ。 気がかりなのは、彼らが草の根ベースの民主主義に関心がないことだ。目標はあくまで強力なテクノロジーを独占する彼らに究極の自由が約束された社会の実現であり、国民のプライバシーなどお構いなしだとのスタンスをとっているからだ。 MAGA支持者は「トランプ氏の復活ですばらしい新世界が始まった」と夢を見ているだろうが、米国の未来はオルダス・ハクスリーが1932年に発表したディストピア小説『すばらしい新世界』で描写したような、ほとんどの国民が自らの尊厳を見失ってしまう社会になってしまうのかもしれない。 期待を裏切られたMAGA支持者の怒りがトランプ氏本人に向かえば、米国は未曾有の大混乱に陥ってしまうのではないだろうか。 藤和彦 経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。 デイリー新潮編集部
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