言葉だけではない、たたずまいににじむ“巨匠”の重み
<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム> その道の“巨匠”の重みに触れる機会があった。 まずは歌舞伎俳優の15代目片岡仁左衛門(80)。重要無形文化財保持者=人間国宝である。京都市内で5日、師走恒例「吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎」(12月1~22日、京都南座)の取材会に出席した。 報道陣とざっくばらんに話すのは、いつものこと。時には冗談めかして話すなど、和気あいあいとした雰囲気で取材会は進み、歌舞伎の鑑賞に話題が移った。 「イヤホンガイドっていうのがありますでしょう? 背景を説明してくれますから、理解はしていただける。それでお客さまも増えてる。ただ、私はあまり好きじゃないんですけどね」 仁左衛門は歌舞伎を見る際、1回目からガイドに頼ることなく「3回見てくれ」と訴えている。まずは自分の感性だけで見る。2回目はイヤホンガイドを使って納得する。そして、すべてを理解し、もう1度ガイドなしで見る。 「そうしたらおもしろい。だって、ここで第三者が説明すると、『あ~、そういうお話?』ってドラマに入っていけない部分があるんじゃないかなと」 仁左衛門には、今の観客が登場人物の気持ちよりもストーリーを重んじていると感じているという。 「昔は役者の演技で、例えば見えを切ったら、それだけで喜ばれる。セリフでワーッって歌えば喜ばれる。今はそういうお客さまは、ほとんどいらっしゃらない。歌舞伎鑑賞というか歌舞伎見物が非常に難しい部分がありますけど、それを克服してやっていかないといけませんから」 江戸時代の一般庶民は自らも稽古するなど芸事に厳しく、詳しかったといい、「今は深い鑑賞力というのは正直、一部分を除いては薄れてきている。でも、かっこいいなとかおもしろいなだけでもいいんです」。 時代は移り変わる。娯楽が増え、見る側の深い鑑賞力はより薄れていくかもしれない中、仁左衛門は「誤解されたら困るんだけど」と前置きした上で、後進に伝えていく歌舞伎の形を優しく、そして力強くこう示した。 「私たちが先輩から受けた指導、気持ちで教えていきます。お客さまを引きつける。お客さまの方に行くんじゃなくて。そういう気持ちで、先人たちが気付いてきたお芝居をその時代、その時代で練り上げていく。今、受けるようにじゃなくてお客さまを引き寄せる。そういう魅力のある芝居を心がけてほしいし、教えるつもりです」 同日、もう1人の“巨匠”の考えに触れた。 大阪市内で行われた「第11回 ベスト・プロデュース賞」授賞式に出席した作詞家の松本隆氏(75)。来年には活動55周年を迎え、これまで作詞した曲は2100以上。その功績がたたえられ、17年に紫綬褒章を受章している。 誰もが思い出の曲があるはずで、お気に入りの曲を聞かれると「あるんですけど、言うとえこひいきになるので、なかなか言えない」と苦笑いした。 作詞をする上で心がけてきたのは「イントネーションを大事にしてきました」。そのこだわりが、世代を超え、多くのヒット作を生み出すことになった。 「歌は消えません。僕の歌は腐らず残っているんです」。柔和な表情で穏やか、それでいて力強く語った。 2人に共通し、印象に残ったのは話をする時の鷹揚(おうよう)なさま。道を突き詰めてきた“巨匠”の思いや姿をより際立たせていた。【阪口孝志】