22歳・染野唯月は「ひと皮むけつつある」。東京ヴェルディを勝たせるために。使われ続けている意味への自答【コラム】
明治安田J1リーグ第5節、東京ヴェルディ対京都サンガF.C.が3月29日に行われた。ヴェルディは2点を先行される厳しい展開を強いられたが、なんとか同点に追いつき勝ち点1を拾っている。その救世主となったのが、2得点を挙げたFW染野唯月だ。22歳の若者は、昇格クラブで「ひと皮むけつつある」(取材・文:藤江直人) 【動画】東京ヴェルディ対京都サンガ F.C. ハイライト
●染野唯月の使命とは? 自分が先発に名を連ね続けている意味を、東京ヴェルディのFW染野唯月は自問自答していた。 16シーズンぶりにJ1へ挑んでいるヴェルディは、接戦を繰り広げながらひとつも勝てていない。染野個人にスポットをあてれば、前節までの4試合のうち3試合でフル出場。途中交代した3月9日のセレッソ大阪戦も83分までピッチに立った。それでも、一度もゴールネットを揺らせていない。 「チームから求められているのは守備であり、もちろん点を取るところも求められている。自分が90分間フルで出ている意味をしっかりと理解して、最後まで使われている信頼を失わないように、チームに貢献しながらちゃんと結果で示したい。覚悟というよりは、やらなきゃいけない、という思いです」 これまでの戦いをこう振り返っていた染野にとって、守備のスイッチを入れる役割を担いながら、チャンスを迎えれば先頭に立って、相手ゴール前へ飛び込んでいくのは覚悟ではなく使命だった。国際Aマッチデー期間に伴う中断から明けた、3月29日の京都サンガF.C.戦も染野のプレーは変わらなかった。 例えば2点のビハインドを背負っていた72分。DF谷口栄斗のクサビのパスを受けようと、センターサークルまで下がってきた染野がワンタッチで味方へ返した。しかし、コントロールを誤ってしまったのか、ボールは左前方にいた京都のFWマルコ・トゥーリオへわたってしまった。 3点目を奪われた時点で勝負はほぼ決まってしまう。自らのミスを必ず挽回してみせるとばかりに、染野は猛然とスプリントを開始してトゥーリオに追いつき、あっという間にボールを奪い返した。 「ヴェルディの全員が言われているので、そこ(守備)は意識していますし、後ろからの守備というところも常に意識しながらやっているので、あの場面に関してはうまくできたかなと思います」 ミスを帳消しにした場面をこう振り返った染野が待ち焦がれてきた、今シーズン初ゴールを決めたのは8分後の80分だった。直前には左サイドからドリブルで仕掛けた途中出場のFW山見大登が、ペナルティーエリアへ侵入した直後に京都のDF福田心之助に倒されてPKを獲得していた。 ヴェルディの選手たちがガッツポーズを作るなかで、染野はある行動を起こしている。 ●覚悟のPKキッカー志願 「自分に蹴らせてくださいとみんなにお願いして、PKを蹴らせてもらいました」 意を決した染野の申し出を、キャプテンのMF森田晃樹をはじめとする仲間たちも受け入れた。清水エスパルスと対戦した昨年12月のJ1昇格プレーオフ決勝。試合終了間際に獲得した、決めれば天国、外せば地獄のPKをゴール右隅へ豪快に決めた染野なら決めてくれると、誰もが全幅の信頼を寄せた。 そして今回も、ゴール右へ強烈な弾道を突き刺した。コースに反応した京都の守護神ク・ソンユンよりも早くゴールネットを揺らした直後。真っ先にボールを拾い上げた染野は、自陣へ素早く戻っていく過程でセンターサークルの中央にボールを置いた。絶対に勝つ、というメッセージを込めたと染野は明かす。 「いままで勝てていなかったので、何としてでも、という気持ちがありました」 しかし、84分のチャンスで染野が放ったヘディングシュートは、ク・ソンユンにセーブされてしまった。5分が表示された後半アディショナルタイムの93分。最後といっていいチャンスが訪れた。 ●「駆け引きで勝てなければゴールは奪えない」 左サイドで得たスローインで森田が後方のMF稲見哲行へ一度下げる。稲見が選択したのは右サイドへのロングフィード。標的は身長188cm体重80kgのサイズを誇る途中出場のMF綱島悠斗だった。 綱島を自由にさせないとばかりに、京都はMF佐藤響、守備を固める3バックへの移行とともに左ストッパーで投入されていたDF三竿雄斗の2人が競り合った。しかし、空中戦を制したのは綱島だった。頭でボールを落とした前方には、ノーマークになっていたMF齋藤功佑がいた。 ゴールへの期待とともに、金曜日夜の開催にもかかわらず1万人あまりのファン・サポーターが駆けつけた味の素スタジアムが沸いた。前を向いてクロスを放つ体勢に入った齋藤へプレッシャーをかけようと、京都のDF麻田将吾が釣り出された結果、ゴール中央にはDF宮本優太しかいなかった。 相手ゴール前の状況を察知した染野は、最後の力を振り絞ってゴール前へスプリントを開始していた。ターゲットにすえていたのは、サイドバックを主戦場とする宮本の背後。染野が振り返る。 「あそこは常に狙っているところだし、何よりも自分がゴール前に入っていく回数を、絶対に誰よりも増やさなきゃいけないと思っていた。相手のセンターバックとの駆け引きでも絶対に負けたくないし、そこの駆け引きで勝たなければ、ゴールというものは絶対に奪えないとも思っているので」 自身と齋藤の両方を見ながら戻る宮本に対して、染野は一度宮本の眼前に姿を現し、次の瞬間、死角となる背後に回った。それだけではない。さらに加速しながら右足から滑り込んでいく。 「ソメ(染野)と目が合ったとういか、中の状況を見たときに、もうソメが相手の背後にポジションを取っていたのがわかった。あのスピードであのコースへ蹴って、あとはソメが合わせてくれると信じたなかでの選択になった。もうあそこしか、点と点で合わせるしかない状況だったので」 ●齋藤功佑とは「特に話さなくても…」 齋藤が選択したのはグラウンダーのクロス。ク・ソンユンが飛び出せず、なおかつスライディングした染野が伸ばした右足の先で合致するコースを選んだ。そうしなければ宮本にクリアされるからだ。 「ソメも最後は足を投げ出して、体も投げ出して点と点で合わせてくれた。本当によく反応してくれた」 アシストがついた齋藤が感謝すれば、染野も以心伝心の同点ゴールだったと続いた。 「本当にいいボールが来て、自分がうまく相手の裏を取って決められた。練習の段階から齋藤選手はあの位置を狙ってくるので、試合中に特に話さなくてもあそこに来る、というのはわかっていました」 残されたわずかな時間で逆転を狙うとばかりに、ボールを拾い上げて自陣へ持っていったのはパワープレーで上がっていた谷口だった。さらに山見、ボランチの見木友哉、スローイン後に一気にスプリントしてきた森田、そして齋藤と染野以外に5人もの味方がペナルティーエリア内へ侵入してきていた。 対する京都のフィールドプレイヤーは4人。体力を消耗しているはずの時間帯で、数的優位に立った末に生まれた同点ゴールを染野の背中が引っ張った、とヴェルディの城福浩監督も高く評価した。 ●染野唯月は「ひと皮むけつつある」 「ストライカーは誰しも、マイボールになったときに相手ゴール前で自分のエネルギーを使いたがる。つまり守備ではエネルギーを使いたがらない。ただ、今日の試合はわれわれがボールを奪わないと攻撃ができない状況になり、そのなかで奪いに行くスイッチの先頭に立つ姿を染野は具現化してくれた。だからこそ最後に彼のところへボールがいったと思っている。自分の得意とするものだけにエネルギーを溜めておく、といった思考から彼はひと皮むけつつあるし、これを大事にしていってほしい」 城福監督から課されていたタスクを、攻守両面でようやく完遂できた。さらに染野が口癖のように繰り返していた「チームが苦しいときに、点を決められる選手にならなきゃいけない」もクリアできた。 開幕以降の4試合でヴェルディは2分2敗、5得点に対して7失点の数字を残している。しかし、今シーズンに京都から期限付きで加入し、ともに2ゴールずつをマークしているMF山田楓喜とFW木村勇大が、両チーム間で交わされた契約により京都との第5節ではプレーできなかった。 「自分が先頭に立って戦わなきゃいけないし、試合を引っ張っていかなきゃいけない。そこは誰と誰がいないとかは関係なく、自分がコミュニケーションを取っていかなきゃいけない」 総得点の8割を叩き出している2人が、そろってピッチに立てない。まさに「チームが苦しいとき」に鹿島アントラーズ時代の2022年5月25日のサガン鳥栖戦での初ゴール以来、674日ぶりとなるJ1でのゴールを決めた。それも2発。それでも引き分けにとどまった結果が染野にさらに前を向かせる。 「自分がもう1点取れた場面もあった。もっと決めなきゃいけないし、チャンスを作らなきゃいけない。そういうシーンをこれからも増やさなきゃいけないし、そこは練習から自分のなかで意識していきたい」 中断期間中にはU-23日本代表に招集され、22日のU-23マリ代表戦では後半から、25日のU-23ウクライナ代表戦では先発して45分間ずつプレーした。ともにゴールは奪えなかったが、前線からの守備でいっさい手を抜かなかった染野は、プレスバックからのボール奪取でカウンターの起点にもなった。 城福監督が「ひと皮むけつつある」と目を細めたエネルギーの使い方は、今夏のパリ五輪出場を目指す代表チームの活動でもはっきりと実践されていた。だからこそ、再開後の初戦でゴールできた価値は大きい。自問自答から少しだけ解放された染野は、自身のなかで生じる変化についてこう言及している。 ●「結果を出せたのは嬉しいけど…」 「ゴールで自分の価値というものを示さなきゃいけないし、数字を残せば自分のメンタル的な部分も保てるので、そこに関してはまずはよかったと思う。ただ、自分はヴェルディで誰よりも点を決めたい、という思いもあるし、そういったところは意識しながらこれからも試合に臨んでいきたい」 2022シーズンの後半戦にヴェルディへ期限付き移籍した染野はそのオフに鹿島へ復帰し、昨夏に再び期限付き移籍した。昨夏に抱いた「ヴェルディをJ1へ上げるために来た」という目標を、自らの活躍で成就させたオフ。期限付き移籍を延長した染野は、22歳にして明確な誓いを立てている。 「責任を持ってプレーする、というところはより一層強まったし、やはりここでスタメンとして出られる、試合に出られるなかで、しっかりと自分が結果を残してチームを勝たせる選手になりたい」 パリ五輪出場をかけたアジア最終予選を兼ねる、AFC・U-23アジアカップに臨むU-23代表メンバーが4日に発表される。3月シリーズに招集されていたセンターフォワードタイプの選手で、ただ一人、所属クラブでゴールを決めている藤尾翔太(FC町田ゼルビア)にこれで2ゴールで並んだ。 もっとも、自身や藤尾に先駆けて森保ジャパンに招集されただけでなく、すでに6試合に出場して1ゴールも決めている細谷真大(柏レイソル)もいる。ゆえに染野に慢心は生じていない。 「結果を出せたのは嬉しいけど、自分としてはもっと点を、勝利に繋がる点を取っていきたい」 4日のメンバー発表の前日には、敵地で湘南ベルマーレとの第6節が待つ。何もできないまま2点差をつけられた京都戦の前半を反省し、それでも最後の最後に勝ち点1をもぎ取った結果をポジティブなエネルギーに変えながら、染野は自身のゴールが勝ち点3をもたらす光景を貪欲に追い求めていく。 (取材・文:藤江直人)
フットボールチャンネル