過激化する “自殺ツーリズム”の実態…「安楽死」合法化のスイスで何が起きているのか
長寿科学者の自殺を取り仕切った“ドクター・デス”
2018年に世界的に注目されたのが、当時まだ安楽死を合法化していなかった西オーストラリア州在住の元科学者デイヴィッド・グッダール(104歳)の自殺だった。 オーストラリアのドクター・デス(Dr. Death)ことフィリップ・ニチキの強力な支援を受け、出国前から移動中もメディアに露出しては、重大な病気はなくとも加齢によるQOL(生活の質)の低下が耐えがたいと語り、自国で医師幇助自殺が認められない理不尽と法改正の必要を訴え続けた。 世界中が注視する中スイスで記者会見を開いて、翌日にライフサークルで自殺。オーストラリア出発前から常にニチキが傍に付き添い、部屋に入って最後の書類に署名するまでが取材クルーによって撮影されてニュース映像として流された(このように、ごく先鋭的な欧米の安楽死推進派ですら、実際の幇助プロセス、まして死の瞬間の映像を撮らせることは控えているので、「NHKスペシャル 」がライフサークルでの日本人女性の幇助の実際ばかりか死の瞬間の映像まで流したことは私には衝撃だった)。 ニチキは自国オーストラリアで安楽死推進団体「エグジット・インターナショナル」を立ち上げた人物で、死にたいと望む人は誰でも死ねるべきだとの持論の持ち主。 最近では「3Dプリンタで手軽に作成できて、誰でもいつでもどこでも苦しまずに死ねる。そのまま棺桶にもなる」という謳い文句でカプセル型自殺装置を考案して、世の中を騒がせた。世界各地でセミナーを開いては自殺方法を指南するなど、過激な活動や実際の幇助事例により自国で医師免許をはく 奪されて、近年はオランダに拠点を移している。 彼がグッダールの自殺の一切を取り仕切った翌2019年にスイスで立ち上げられたのがペガソス。ニチキともつながり があると言われ、スイスで外国人にも医師幇助自殺を提供するもっともラディカルな機関だ。 HPには「健康状態にかかわりなく、自分の死に方と死に時を選ぶのは健全な精神をもつすべての成人の権利だとペガソスは確信している」とのくだりがある。書類手続きが簡略で基準も緩いため、安楽死の「先進国」であるオランダからもペガソスに赴いて自殺した人もいる。健康だったので、オランダでは安楽死の法的要件を満たさないためだという。 そんな自殺ツーリズムの実態に当局も神経をとがらせて自殺幇助機関の医師たちと攻防を繰り広げているが、スイス医師会も2022年5月に新たなガイドラインを出して医師幇助自殺の規制を強化した。 事前に医師が患者と2回会うことや、患者は自分の苦しみが耐えがたいものであることを証明すること、さらにこれらがきちんと記録されることなどを求めた。健康な人への自殺幇助を防ぐのが狙い。 法的拘束力はないものの以下のように書かれており、年々件数の増加に伴って対象者が拡大するのみならず、自殺幇助が患者の権利と捉えられ、それが転じて医師の義務とみなされていくことへの強い危惧が感じられる。 ……死にゆくことと死の管理における医師の真の役割とは、症状を緩和し、患者を支えることである。医師の責任の中には自殺幇助を申し出ることは含まれないし、また医師には自殺幇助を実施する義務もない。自殺幇助は法的には許されている行為だとしても、患者が権利を訴えられるような医療行為ではない。 (続)
弁護士JP編集部