【連載】会社員が自転車で南極点へ5 出発地点「南緯88度59分」
言っておくけれどYoshi、very very hardだ
当日は、飛行機の着陸地点からほど遠くない場所にテントを張った。高所に体を慣らすため、まずは、ここで1泊というわけだ。 ガイドのエリックと一緒にテントを設営する。まだ慣れないため、少し時間はかかったが、なんとか立ち上げることができた。水をつくり、夕食を頬張る。明日からは、エリックと南極点まで、二人きりだ。 僕は、正直、あまり緊張していなかった。 ここから南極点まで、直線距離で120キロメートル弱しかない。自転車で行けば、多分だけれど、2日間。長くても、3日間だろう。
お金をつぎ込んだ割には、簡単に終わってしまうのではないか?それが、僕が走りはじめる前に抱いていた予測だった。 「ぶっちゃけ、レベル0くらいだよな?」僕はお湯でもどしたフリーズドライのラザニアを頬張りながらエリックに他愛もなく話しかけた。 すると、エリックの表情が一瞬にしてこわばった。 「Yoshi、今回の旅はな...“very hard”だ」 「What?」予想外の言葉に僕も、驚いた。「very easy」の間違いではなく? エリックは答えた。「いや、違う。今回のルートは俺も自転車で行ったことはない。行けるかどうかも、わからない。だからな、言っておくけれど、Yoshi、very very hardだ。よく覚えておけ」 僕は、エリックが僕を油断させないように、わざと大げさに言っているのだと思った。わずか120キロメートル、そんなに苦労などしないだろうと思った。 しかし、この次の日、僕はエリックが言っていたことが真実だと痛感することになる。南極大陸という壁を前に、「リタイア」を考えるまでに追い込まれるのだ。 もちそん、この時は、そんなこと知る由もなかったのだが──... ■大島義史(おおしま・よしふみ)1984年広島県生まれ。学生時代から自転車の旅に魅せられ、社会人になった後も有給休暇を取って自転車で世界を駆け巡る。長年にわたり会社や家族と話し合い、2015年12月に有給休暇を取って自転車で南極点へ行く旅に挑み、2016年1月に南極点へ到達を果たす。同月帰国後は間もなく職場へ復帰した。神戸市在住の会社員。インタビューでは「僕は冒険家じゃない、サラリーマンですから」と答えている。