トランプ氏勝利を織り込んで東京市場で円安株高のトランプトレードが進行:市場の楽観論は行き過ぎていないか
日本時間の11月6日には、前日に米国で実施された大統領選挙の開票が進んだ。東京株式市場が閉じた午後3時半時点では、選挙結果はなお確定していないが、開票途中の情勢を見る限り、トランプ氏が勝利に近づいていた。一部のメディアはトランプ氏勝利と報じ、トランプ氏もその後、勝利宣言の演説を行った。 6日の東京市場では、朝方からトランプ氏勝利を織り込む「トランプトレード」の傾向が強まり、ほぼ一方的に円安・株高が進んだ。ドル円レートは1ドル154円台に乗せ、日経平均株価は一時1,100円を超える上昇となり、終値で1,005円高の3万9,480円と4万円をうかがう展開となった。 日本株高は、米国先物株価の上昇と円安進行の双方によって後押しされた。トランプ氏が掲げる規制緩和、法人税率引き下げなどが米国株式市場で好感されている。 他方、「トランプトレード」でドル高円安が進んでいるのは、主にトランプ氏が公約に掲げる追加関税の影響による。トランプ氏は中国からの輸入品には一律60%、場合によっては100%、その他すべての国からの輸入品には一律10%~20%の追加関税を課すとしている。トランプ氏は不公正な貿易を行う相手国に追加関税で対価を払わせるとしているが、実際には、追加関税の結果、値段が上がった輸入品を高く買うことを強いられるのは、米国の消費者や企業だ。これは、増税と同じである。その結果、国内の物価が押し上げられ、米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げの妨げになることが、ドル高要因の解釈である。また、トランプ氏の掲げる減税継続が、財政見通しを悪化させ、これが長期金利の上昇を通じてドル高になるとも解釈されている。しかしこれらは納得性の高い説明とは言えないのではないか。 金融市場は、前回のトランプ政権でも追加関税が導入されたが、米国経済、世界経済は目立って悪化しなかったことを記憶しており、それゆえトランプ氏が今回掲げる追加関税についても楽観視しているのではないか。 しかし、特定品目に絞られていた前回の追加関税とは異なり、今回の追加関税は一律関税であることから、対象品目は大幅に拡大する。中国からの輸入品には60%、それ以外の国からの輸入品に10%の追加関税が課されれば、米国の平均関税率は17%程度になるとみられる。これは現在の2~3%から大幅に上昇することから、貿易に大きな打撃となることは予想される。 それらの影響に、トランプ氏が掲げる移民の受け入れ規制強化の影響を加えると、米国のGDP成長率は2%程度低下する可能性がある。そうなれば、米国は経済の悪化と物価上昇とが共存するスタグフレーションとなる。その場合、FRBは、双方の板挟みとなり立ち往生してしまうだろう。そのような状況では、通貨価値は大きく低下するのが通例だ。 前回のトランプ政権と同様に、トランプ氏はドル安志向を鮮明にしている。前回は、トランプ氏がドル安志向を見せる中でもドル安にはならなかったが、それ以降、FRBの大幅利上げの影響でドルの価値が大幅に上昇していることや、トランプ氏はFRBへの利下げ圧力を前回以上に強める可能性があることを踏まえると、今回はドル安リスクは比較的高いのではないか。 トランプ政権の下、日本企業の米国への輸出は追加関税に阻まれるだろう。それを回避するには、日本企業は米国での現地生産を拡大せざるを得ない。それは、国内生産と雇用の縮小を招くだろう。また、日本から部品を輸出して米国で製品を現地生産する日本企業は、部品の価格上昇で収益が圧迫される。米国企業からの部品調達に切り替える場合には、サプライチェーンの再構築という難題を迫られる。 このように考えると、トランプ氏勝利を織り込んでドル高円安、あるいは株高に動く金融市場は楽観的過ぎるのではないか。トランプ氏の勝利が確定する場合、追加関税が経済に及ぼす悪影響が次第に再認識され、今までのトランプトレードとは逆に、ドル安円高、株安に振れる可能性がある点に留意したい。 ちなみに、トランプ氏が敗れる場合には、前回の大統領選挙と同様に、トランプ氏が敗北を認めず、国内で暴動のようなことが起こるリスク、政治空白のリスクも生じ得る。トランプ氏が勝利する可能性が高まると市場が考える中、そうしたリスクが低下したとの受け止めを強めたことも、金融市場の楽観的な反応を生んだ面があるのではないか。
木内 登英