『THE FIRST SLAM DUNK』はなぜ「一見さん」でも楽しめる人が多い? 随所の工夫、奥深さ
「無音」が効いた演出
3:それぞれの「単純な呼ばれ方」と、その印象が覆される「奥深さ」 映画のタイトルが出る直前、The Birthdayの「LOVE ROCKETS」に乗せてキャラクターが「手描き」のように生み出される場面では、「湘北高等学校」「山王工業高校」の主要メンバー5人の、それぞれの体格や顔もバッチリと分かるようになっています。 さらには、試合中でも、宮城リョータが桜木花道へ「待ってたぜ、問題児」と言ったり、その花道が自身も周りも「(バスケを始めて4ヶ月の)(ド)シロート」と言われていたりと、やはりメンバーそれぞれの特徴が言葉ではっきりと語られていました。 そうした単純な「見た目」「呼ばれ方」で、個性豊かなメンバーそれぞれの特徴や関係性が把握しやすいということだけでなく、その「奥行き」も備えている、さらには「その単純な印象を覆す」展開があることも秀逸です。 回想にて、湘北チームの先輩で引退となったときの「竹中」は、「カタブツと問題児、うまくやれるわけがねえじゃん」などと勝手な決めつけを口にするのですが、そのカタブツと言われた「赤木剛憲」はリョータについて「宮城はパスができます」と返します。また、試合で「安西先生」は「宮城くん、ここは君の舞台ですよ」という言葉も投げかけます。 リョータは「ポイントガード」という、試合全体を見渡し、チームの面々にパスを回す役回りをしており、その通りに彼が「問題児というだけじゃなかった」、赤木キャプテンと安西先生の言葉が「本当にそうだった」と思えるようにもなっています。 さらに、リョータと同じく問題児の花道も「おめーらバスケかぶれの常識はオレには通用しねえ!! シロートだからよ!!」と、原作にもあるセリフを口にしており、その「破天荒ぶり」「でも自分がシロートであることは認めている」様も含めて魅力的に思えてくるでしょう。ともかく「カタブツ」「問題児」「シロート」という記号的な呼び名にとどまらない、キャラクターそれぞれの奥深い特徴がしっかり描かれているのも、映画、そして原作の優れたポイントです。 4:原作からの取捨選択も英断 本作では約2時間の映画に収めるにあたっての、原作からの取捨選択もされています。特に、コートに入って赤木に激励をする「魚住」や、山王チームのエースである「沢北の父」のエピソードがカットされたことを残念に思う原作ファンもまた多いのも確かです(ただし客席には、魚住および沢北の父と思しき男性の姿も見えます)。 ただ、赤木本人の立場や役回り、沢北本人のバスケへの想いは今回の映画でも十分に示されていると思います。「キャラクターの人数を絞った」ことで、映画の上映時間をタイトに仕上げることはもちろん、原作を知らない人にとっては物語全体を把握しやすくもなっているため、個人的には英断だと思えるのです。 5:「左手は添えるだけ」を無音にした 映画で描かれた試合の決着は、原作と同一のものでした。しかし、演出上で大きく異なるのは、花道がシュート直前に口にする「左手は添えるだけ」が「聞こえない」ことでしょう。 マンガと違い、「音が聞こえる」映画という媒体を逆手に取ったような、前後の「BGMなし」「心臓の鼓動だけが聞こえる」という、一連の「無音」演出にあわせて、「左手は添えるだけ」を観客に聞かせないという判断は、それだけで理にかなっているともいえます。 また、この直前の回想で「左手は添えるだけ」と言っていた場面はありましたが、そちらはあくまで「原作では(これまで)こういう練習をしていた」という描写でした。今回の映画だけを見た人にとっては、その「左手は添えるだけ」というセリフに込められた桜木の努力は知りません。だからこそ、「どういう意味?」とノイズに感じさせないためにも、それを「聞かせない」ことが重要だったと思うのです。 さらに、原作を読み込んだ人にとっては、(こう言うと矛盾しているようですが)その花道の「左手は添えるだけ」は「聞こえる」のです。これは、原作を読み込み、今回の映画では語られていない花道の「これまで」と、その努力が「左手は添えるだけ」に到達したことも知っている、原作ファンの特権ともいえるでしょう。 そして、今回の映画のメインで語られているのはやはりリョータの物語です。さらには、映画という媒体であればこそ、劇中の観客と同じ視点で、より彼らを応援する立場にもなっています。そのリョータ、はたまた観客の視点からすれば、花道の「左手は添えるだけ」が聞こえないのも自然なことでしょう。その上で「固唾を飲んで見守る」、その「無音」からの決着に、もはや言語化が不可能なほどのカタルシスがあるのです。 これまであげた以外でも、「普段現実で見ているスポーツだって選手のことを深くは知らないで楽しんでいる」「試合のロジカルな駆け引きがわかりやすく描かれている」「そもそもアニメのクオリティーが革新的」など、やはり『THE FIRST SLAM DUNK』は原作を知らない人でも楽しめる理由がたくさんあります。前述したように「原作ファンの特権」があるのも事実ですが、『スラムダンク』を知らない人も、本作を見てほしいと強く願います。
ヒナタカ