『ブギウギ』を見守ってきた近藤芳正 スズ子をあるべき場所に留まらせてきた言葉の数々
朝ドラ『ブギウギ』(NHK総合)の最終回まで残り約1カ月となった。“タナケン”こと棚橋(生瀬勝久)は右足の古傷が悪化して入院。立つことさえもままならず、予定していた公演が中止に。また、トミ(小雪)が肺結核で亡くなるなど、第22週は人間が避けることのできない“老いと死”が一つの主題となっていることは間違いない。そんな中、スズ子(趣里)を支えてきた山下(近藤芳正)がマネージャーの引退を表明する。 【写真】スズ子(趣里)の家で小さな愛子をあやすトミ(小雪) もし、この人がいなかったらスズ子は今頃どうなっていただろう。想像するだけでぞっとするほど、スズ子にとってなくてはならない存在である山下が初登場となったのは、まだ戦時下だった第12週だ。当時、スズ子は楽団員を率いて地方を巡業していたが、マネジャーの五木(村上新悟)がまさかの失踪。困り果てていた時に愛助(水上恒司)が連れてきてくれたのが山下である。 村山興業の元社員でトミに代わり、幼い愛助の面倒を見ていた山下。不登校気味だった愛助を劇場や映画館などいろんな場所へ連れ出し、無類のエンタメ好きに育て上げた張本人。いや、立役者だ。愛助は山下のことを“爺(じい)”と呼んでいたが、好きなことやものを分かち合える親友のような存在でもあったのではないだろうか。だからきっと、「爺ならスズ子さんの魅力を理解した上で進むべき道を照らしてくれる」というような確信が愛助にはあったのだと思う。 「福来スズ子の歌しか知らん人に、もっとあなたの魅力を知ってもらいたい」とスズ子に女優業を強く勧めたのも山下だった。それは“ブギの女王”になるずっと前から愛助が気づいていた歌手・福来スズ子の最大の魅力ーーつい目で追ってしまい、気づけば笑顔になる“おかしみ”に山下もまた気づいていたからである。 スズ子は案外、自分に無頓着だ。梅丸楽劇団(UGD)時代も当時、思いを寄せていた松永(新納慎也)に日宝移籍を持ちかけられ、一瞬心がぐらついてしまったことで「これ以上歌う資格がない」と歌手を辞めようとしたり、トミに愛助と結婚か、歌手引退かの選択を迫られ、わりとあっさり後者を選ぼうとしたり、自分の歌を多くの人が必要としていることに気づいていない。また、お人好しで自分の気持ちより他人の気持ちを優先しがちなスズ子自身にとっても感情を発散させてくれる歌が必要不可欠であることに本人は無自覚だ。スズ子に「(スズ子の歌手引退は)日本の損失」「スズ子さんの歌には力がある」と愛助は何度も言い聞かせて、あるべき場所に留まらせてくれた。 そんな愛助の役目を受け継いだのが山下だ。幼い頃から面倒を見ていた愛助が亡くなり、山下にもきっと身を引き裂かれるような苦しみがあっただろう。それでも打ちひしがれることなく、愛助の死を受け入れられず、生きる気力を失ったスズ子に「辛いんは、あんただけやおまへん」「あんたはボンの分まで生きなあかんのです!」と力一杯訴えかけた。大切な人を失ったばかりの人にかける言葉としては酷に思えるかもしれない。けれどあの時、もし腫れ物のように扱われていたらスズ子はきっと立ち直れなかったはず。山下の必死の訴えがあったからこそ、スズ子は歌手として、愛子の母親として、やるべきことを認識できたのだ。 それから「何があってもあんたを支える」という言葉通り、呼び名も“福来さん”から“鈴さん”に変えてスズ子を家族のように支え、見守ってきた山下。子連れで仕事に現場に行くこと、週刊誌の誤解を解きたいと夜の街へ繰り出すこと……などなど、スズ子の要望にも全力で応えてくれた。それもスズ子が意外と頑固で、一度決めたら曲げないことを知っているからだろう。 第102話で「東京ブギウギ」を超えるヒット曲をレコード会社から求められたスズ子が、「どうやって歌たらヒットするかやなんて考えたことあらへん。ずっと気持ちよう歌て、それをお客さんに楽しんでもろてきただけやのに」と言っていたが、それは山下のおかげでもある。山下がスズ子にただ気持ちよく歌えるよう、他のことを全て請け負ってくれていたのだから。「能ある鷹は爪を隠す」ではないが、パッと見は好好爺そのものなのに意外に侮れない雰囲気は演じる近藤芳正からひしひしと感じていた。 自分のことを自分より理解してくれている。そんな山下の存在はスズ子にとって、どれほど心強かっただろう。少なくとも山下がマネージャーを辞めると言い出し、子供のように駄々をこねてしまうほどスズ子にとっては欠かせない存在だ。山下が自身の代わりにマネージャーとして連れてくる甥のタケシ(三浦獠太)は予告を見る限り、頼りなさそうで不安が募る。けれど、人生のステージが変わる時期がきたのだろう。山下をはじめ、多くの人に導いてきてもらったスズ子が、今度は自分自身が誰かを導く番なのだ。誰かから受けた恩を、直接その人に返すのではなく、別の誰かに送ることを「恩送り」という。義理と人情が重要なワードとなっている本作がいよいよ総仕上げに突入した。
苫とり子