角川歴彦が語るわが「人間の証明」…君は獄中の孤独に耐えて戦い抜けるのか
小説家・貴志祐介氏の新刊『兎は薄氷に駆ける』(毎日新聞出版)が話題だ。父の冤罪をすすぐため、身命を賭して復讐を誓った男がとった行動とは? このリアルホラー小説を、万感の思いで読んだ人物がいる。角川歴彦──東京五輪をめぐる贈収賄事件で逮捕されたKADOKAWAの元会長である。7ヵ月以上にわたり長期勾留された角川氏は、貴志氏とも長年の親交がある。この小説を巡って、二人が縦横に語り合った。 【写真】世界が驚愕…シブコの鍛え上げられた 「圧巻ボディ」奇跡のショット!
近年連続して起きた2件の冤罪事件
角川歴彦プレサンスコーポレーションという大阪の不動産会社の社長が、2019年12月に大阪地検特捜部に業務上横領容疑で逮捕されました。248日間の独房生活を経てようやく保釈が認められたあと、2021年10月28日に大阪地方裁判所は山岸さんに無罪判決を出します。大阪地検は控訴を断念し、山岸さんの無罪判決が確定しました。 山岸さんが書いた『負けへんで! 東証一部上場企業社長vs地検特捜部』(文藝春秋)という手記に、人質司法による密室での取り調べの実態が描かれています。拘置所で取り調べを受けていた当時、山岸さんは検事のほうが自分のことを心配してくれて、弁護人のほうが冷たいと思ったそうです。 貴志祐介弁護人は山岸さんの味方のはずなのに、検事のほうが弁護人よりも自分に味方をしてくれると錯覚してしまったのですか。 角川「私はあなたのことを心配しているんですよ」とネコなで声ですり寄られているうちに、次第に心は萎(な)えていくものです。山岸さんは自分が冤罪事件に巻きこまれていることを誰よりもよくわかっていましたから、そこで虚偽の自供をしてしまうという一線を越えず、耐えに耐え抜いて無罪判決を勝ち取りました。 貴志2020年3月、「生物化学兵器に転用可能な機械を中国に不正輸出した」という嫌疑で、大川原化工機の相嶋静夫さん(当時は同社の顧問)が警視庁公安部に逮捕されました。 相嶋さんは冤罪を主張し続け、獄中で勾留中に進行性の胃ガンが見つかります。治療のための保釈を申請したものの、外部の病院への入院はなかなか認められず、2021年2月に相嶋さんは死亡しました。 相嶋さんの死去後に、東京地検は起訴を取り消しています。冤罪事件をでっち上げた検察の惨敗です。 角川相嶋さんの息子さんは、お父さんの冤罪を訴えて国家賠償請求訴訟を戦っています。息子さんとお会いしてお話しながら、貴志さんの『兎(うさぎ)は薄氷に駆ける』に出てくる親子が想起されて切ない気持ちになりました。 作品に出てくる日高英之は、叔父さんを殺害したという冤罪をかけられ逮捕されてしまいます。英之の父(平沼康信)は無実の殺人事件の容疑をかけられて逮捕され、獄中で死亡した過去がありました。 英之が無実の汚名を着せられた理由として、「蛙(かえる)の子は蛙」(『兎は薄氷に駆ける』電子版45ページ)というキーワードが出てきます。幸い相嶋さんの起訴が取り消されて冤罪の汚名は晴れたものの、お父さんが獄中に囚(とら)われていた間、息子さんは相当肩身が狭い思いをしたのではないでしょうか。 貴志相嶋さんの遺族は「必要な医療を迅速に受けさせれば、こんなに早く父が亡くなるはずはなかった」と主張して国賠訴訟を闘っています。検察としては、手を変え品を変え被告人にプレッシャーをかけたいところでしょうけど、重篤なガン患者への治療を妨げるという手法は、いくらなんでも一線を踏み越えています。