【「ゴンドラ」評論】セリフ無し、ゴンドラ、ジョージア。全てに理由があるシンプルでピュアな恋愛映画
「ツバル TUVALU」(1999)で鮮烈なデビューを果たしたドイツ出身のファイト・ヘルマー監督、5年ぶり7本目の長編作品(ドキュメンタリー除く)。小さな村のゴンドラで育まれる女性同士の恋愛を、セリフを廃した監督得意のスタイルで描く。ポルトガル・アヴァンカ映画祭(グランプリなどを受賞)や東京国際映画祭のコンペ、LGBT部門など、60を超える映画祭に招待された注目作。 【動画】「ゴンドラ」予告編 ジョージア西部、コーカサスにある山間の村。父の死をきっかけにここへ帰郷した娘のイヴァは、残された生家に住みながら、唯一の公共機関であるゴンドラの乗務員として働き始める。運転をレクチャーするのは職場の先輩ニノ。その親切な態度に触れイヴァは彼女に好意を持つ。打ち解ける2人の仲に嫉妬した駅長が何かと横槍を入れるが、彼女たちはすれ違うゴンドラを船や飛行機に見立ててイタズラをし、そうした遊びを通して愛情を深め、村の人々とも交流していく。 企画が始まった2021年、母国ドイツではコロナ下で映画製作が許可されなかったため、監督は7人という最小限のスタッフと共にジョージアに渡り撮影を決行。高感度で機動性のあるデジタルシネマカメラ(RED Komodo)を使ったリモート作業や、地上とは距離が取れるゴンドラを使用し、俳優たちも発声しないなど、いわゆる三密に対応した撮影がなされた。ちなみに監督のセリフ無し映画は「ツバル TUVALU」「ブラ!ブラ!ブラ! 胸いっぱいの愛を」に続き本作が3本目となる。 同監督の作品には共通するシンボルがある。空、水、乗り物、制服、楽器、そして窃視。実在のフランクフルト空港(「ゲート・トゥ・ヘヴン」)やバイコヌール宇宙基地(「Baikonur・未公開」)を舞台に、買収危機を迎える私営プール(「ツバル」)や村の水不足(「Absurdistan・未」)といった騒動をめぐり、登場人物は列車(「ブラ!ブラ!ブラ!」)やゴンドラ(本作や「Absurdistan」)などに乗って事の収拾にあたる。その中の誰かは、制服を着たり楽器を演奏し、私生活を覗いたり覗かれたりする。監督の過去作を含め、いくつのシンボルが本編に現れるか、気にしながら見るのも面白いかもしれない。 本作のイヴァとニノもそうだが、女性や子供、弱者男性など、立場の弱い側が主人公になるのもヘルマー作品の特徴だ。だが彼らはその境遇を嘆くだけはなく、日々の暮らしに幸せを見出し、大らかに恋愛や性を楽しむことを忘れない。そしてほとんどがハッピーエンドを迎える。これは監督の「少ないながらも人生に存在する素晴らしい瞬間を伝えたい」という思いからだそうだ。パンデミックも怪我の功名か、監督のアーカイブとしては最もシンプルでピュアな恋愛映画が誕生した。 (本田敬)