高橋ヨシキは映画『マッドマックス:フュリオサ』をこう見た!
ミラー監督はさらに前作『アラビアンナイト 三千年の願い』(22年)を「神話の構造にまつわる神話的映画」として製作することでそのテーマを掘り下げたが、『フュリオサ』もまさにその系譜を引き継ぐ「メタ神話」だとみなすことができる(『アラビアンナイト...』の原題は『Three Thousand Years of Longing』で、97年のドキュメンタリーの題名と一直線につながっている)。 だから当然とも言えるが、世界の神話を紐解くジョーゼフ・キャンベルの本には『フュリオサ』を理解する鍵が詰まっている。 『フュリオサ』に登場する大君主たちは派手な衣装に身を包み、集団の雄叫びに囲まれ、ときに楽団を引き連れて己の〈神性〉を強調するが、「多くの者は、彼ら自身を越えて運ばれるためには薫香、音楽、衣装、行列、ドラ、鈴、劇的な身振りや叫びの雰囲気を必要とする」(キャンベル『神の仮面-西洋神話の構造-』上巻)という一節を読めば、それが偽りの〈超越性〉を演出する小道具に過ぎないことが分かる。 予告編にはフュリオサが鉄枠の背後から吹き付ける業火に耐えているカットがあるが、「シャーマンの不壊の肉体は、火の作用を通り抜けて引き出される金属の性質と類似のものだ」(同・下巻)。「火の作用を通り抜ける」力は鍛冶屋神話(ドイツのヴェルンド伝承など)とも結びつくもので、アーサー王が石から聖剣エクスカリバーを引き抜く力とも通じるという(「火を用いて鉱石から鉄を作り出す鍛冶の力」の象徴ということ)。フュリオサの鋼鉄の義手もその力と結びついていると見なさなければならない。 『マッドマックス:フュリオサ』は鋼と火の神話であり、死と再生を巡るオデッセイだ。この作品を通じてわれわれは魂の深奥に分け入り、「人間存在とは何か」という古代から続く問いと直面することになるのだ。 INTRODUCTION:核戦争から45年の荒廃した世界。自然豊かな「緑の地」で暮らすフュリオサは、ディメンタス将軍のバイカー軍団に誘拐され故郷と家族を奪われる。それから幾年、将軍と鉄壁の要塞に君臨するイモータン・ジョーによる覇権争いのなか、フュリオサは復讐のエンジンを鳴らす! 2016年の第88回アカデミー賞で最多6部門受賞の傑作『マッドマックス 怒りのデスロード』、その怒れるヒロイン、フュリオサの壮絶な過去を描く! 監督:ジョージ・ミラー出演:アニャ・テイラー=ジョイ、クリス・ヘムズワースほか上映時間:148分 全国公開中