シリア反政府勢力の代表、首都で演説 大統領は逃亡
シリア反政府勢力の代表は8日午後、首都ダマスカスで演説し、政権を倒した勝利は「すべてのシリア人のものだ」と宣言した。 アサド政権への大攻勢を主導した反政府勢力「ハヤト・タハリール・アル・シャーム(HTS、「シャーム解放機構」の意味)」のアブ・モハメド・アル・ジョラニ代表は、首都中心部にあるウマイヤド・モスクで聴衆を前にした。 アル・ジョラニ代表は、国外に逃れたとされるバッシャール・アル・アサド大統領の政権について、「自国の市民を不当に、何の犯罪も犯していないのに投獄した」と非難し、その政権を打倒した「この勝利は、すべてのシリア人のものだ」と強調した。 通信アプリ「テレグラム」に投稿された動画では、集まった人たちが「アッラーフ・アクバル(神は偉大なり)」と連呼していた。 11月末の北西部アレッポ制圧を皮切りに南進を続けたHTSは同日朝、首都ダマスカスに入ったと表明していた。「独裁者」のアサド大統領がシリアから逃亡し、シリアは「自由だ」と「テレグラム」で宣言した。暗黒時代の終わりで新時代の始まりだとも書いていた。 ロイター通信はその後、政府高官2人の話として、アサド大統領がダマスカスを脱出したと伝えた。 ロンドン拠点のNGO「シリア人権監視団(SOHR)」によると、ダマスカスの空港から出発したプライベートジェットにアサド大統領が乗っていた様子。この飛行機が離陸した後、空港にいた政府軍は撤収したという。 反政府勢力はこの後、国営テレビとダマスカス・ラジオを通じてメッセージを放送し、アサド大統領の支配を終わらせ、政治犯を解放したと宣言。さらに、「ムジャヒディン(イスラム戦士)と市民は、自由国家シリアの資産を守るよう」呼びかけ、「自由で誇り高いシリアよ、永遠に。所属する分派を問わず、すべてのシリア人に」と強調した。 アサド政権への攻勢を主導したHTSのアル・ジョラニ代表はその後、政権打倒後に初めてシリア国営テレビで声明を出し、もはや後戻りはできないとして、「未来は私たちのものだ」と宣言した。 シリアの首相は、シリア国民が選んだ指導陣なら協力すると表明した。 国連のゲイル・ペデルセン・シリア担当特使は8日、「シリアの歴史における重要な分岐点」だとコメントした。14年間の内戦で「絶え間ない苦難と、言葉にならない喪失」を経験してきたシリアの国民は、「暗い一章を通じて深い傷を負ってきたが、私たちは今日、慎重に希望を抱きながら、平和と融和と尊厳と、すべてのシリア人を包摂する新しい章が始まるのを期待している」と特使は述べた。 ■アサド大統領の居場所は ロシア外務省は8日午後、アサド大統領が出国したと述べた。「武力紛争の他の当事者」との交渉を経て、平和的な権力移譲について指示をしたうえで、大統領の職を離れてシリアを出たとしている。 ロシア外務省は、この交渉にロシアはかかわっていないと強調。またシリア国内にあるロシア軍基地は厳戒態勢にあるものの、危険にさらされているわけではないと述べた。 ロシア政府は「シリア反政府勢力の全グループ」と接触しているという。 ロシアはこれまでアサド政権の重要な同盟国として、権力の維持のための軍事力を提供していた。 これに先立ちトルコのハカン・フィダン外相は、アサド大統領は「おそらくシリア国外にいる」と質問に答えていた。 同日午前にはロンドン拠点のNGO「シリア人権監視団(SOHR)」が、ダマスカスの空港から出発したプライベートジェットにアサド大統領が乗っていた様子と明らかにした。この飛行機が離陸した後、空港にいた政府軍は撤収したという。 同様に同日午前にはロイター通信がシリア政府高官2人の話として、アサド大統領がダマスカスを脱出したと伝えていた。同日午前4時前にダマスカス空港を離陸したシリア航空の貨物機に、大統領が乗っていたと高官たちは話したという。 それによると、シリア航空のイリューシン貨物機IL-76Tは、現地時間午前3時59分に出発。目的地は不明という。 航空機の飛行情報を追跡するサイト「フライトレーダー24」によると、この貨物機は当初、首都から東へ向かった後、北西へ方向を変えて地中海沿岸へ向かった。シリアの地中海沿岸はアサド一族が属するアラウィ派の勢力地があるほか、ロシア軍の海軍・空軍基地がある。 貨物機は、中部ホムス上空を進んだ後、Uターンをして再び東へ向かったのち、高度を下げていった。ホムスは7日夜に反政府勢力に制圧された。 フライトレーダー24によると、貨物機が午前4時39分ごろ、ホムスの西約13キロを高度1625フィート(495メートル)で飛行中に、トランスポンダー信号が失われた。 同サイトはソーシャルメディアで、この貨物機は古い世代のトランスポンダーを使用していたほか、GPSが妨害されていた空域を飛んでいたため、「一部のデータは正確ではないかもしれない」と書いた。また、信号が失われた地域に空港があるとは認識していないという。 この地域で飛行機が墜落したという報告は出ていない。 ■中東諸国の反応は アサド政権の崩壊を受け、中東諸国がさまざまな反応を示している。 サウジアラビア政府の高官は、シリア国内の混乱を防ぐため、同国は周辺地域各国と連絡を取り合っていると述べた。 シリアと国境を接するヨルダンのアブドラ国王も同様のメッセージを発し、これ以上の紛争の回避を呼びかけた。また予防措置として、シリアとの国境を封鎖したという。 アラブ首長国連邦(UAE)の外交高官アンワル・ガルガシュ氏は、UAEは過激主義とテロを主に懸念していると述べた。また、アサド大統領がさまざまなアラブ諸国から提示された「命綱」を利用しなかったと非難した。 トルコのフィダン外相は、「テロ組織」が現在の状況に「便乗」しないよう、トルコ政府はシリアの反政府勢力と連絡を取り合っていると話した。外相は、トルコ政府が特にその動きを懸念しているのは、いわゆる「イスラム国(IS)」とクルド人の独立国家建設を目指す武装組織「クルディスタン労働者党(PKK)」だと特定した。 イスラエルは、敵対勢力がイスラエル国境に拠点を築くことを決して許さないと警告している。一方でベンヤミン・ネタニヤフ首相はアサド大統領の失脚について、イスラエルがイランとイスラム教シーア派組織ヒズボラに打撃を与えた直接的な結果だと述べた。 ■首相が権限移譲に協力の意向 HTSのアル・ジョラニ代表は8日午前、首都ダマスカス市内の政府軍部隊が「公共施設」に近づくのを禁止したと「テレグラム」で表明。政府庁舎について、「正式に移譲されるまでは、前首相の監督下にとどまる」と発表していた。 HTSは、アサド政権によって国を追われたり投獄されたりした人は、家に戻れるようになるとして、「誰もが平和に暮らし、正義が行われる」「新しいシリア」になると主張した。 シリアのモハメド・ガジ・アル・ジャラリ首相はこれを受けて同日朝、ソーシャルメディアで演説動画を発表し、自分は首都ダマスカスにとどまっており、国民のために最善の対応をするよう協力する用意があると述べた。 アル・ジャラリ首相はさらに、「シリア国民が選ぶ指導陣となら、協力する」、「さまざまな政府資料を速やかに移転するべく、あらゆる支援を提供する」と話したほか、シリアは「近隣諸国や世界と良好な関係を築く、普通の国」になれると強調した。 首相はこの後、中東の衛星テレビ局「アル・アラビーヤ」に対して、自由な選挙をシリアで行うべきだと話した。 シリアの野党指導者ハディ・アル・バフラ氏はアル・アラビーヤに対して、アサド政権は倒れ、「シリアの歴史の暗黒時代は過ぎ去った」と話した。 アサド政権に対抗する反体制派の統一組織「シリア国民連合」を率いるアル・バフラ氏は、ダマスカスは安全だと強調。「あらゆる宗派や宗教の皆さん、他の市民に武器を向けず、自宅にとどまる限り、皆さんは無事です」、「復讐も報復もなく、人権侵害も行われない。人の尊厳は尊重し、守られる」とソーシャルメディア「X」に書いた。 ■広場で市民が祝砲 HTSがダマスカス「解放」を発表すると、市内中心部で政府庁舎が並ぶウマイヤド広場では、住民が踊っているとも伝えられた。国防省の当局者が首都の庁舎を離れたとの情報もあった。 8日午後にダマスカスに入ったBBCのバーバラ・プレット=アッシャー記者によると、市内は比較的静かだが、散発的な発砲や爆発音が聞こえるという。こうした音は、アサド政権を祝う祝砲に聞こえると記者は話す。 市内中心部のウマイヤド広場では、大勢の若者が空に向かって銃を発砲しているという。指でVサインを掲げながら車に乗っている住民も大勢いるという。 広場では多くの人が同記者に、笑ったり泣いたりしながら、これから暮らしはずっと良くなると口々に話した。 路上には多くの車が出ているが店舗は閉じており、略奪から建物を守るために武装した男性たちが集まっている様子も見たと、プレット=アッシャー記者は話している。 一方、市内の大統領公邸は略奪され、ほとんどの家財道具が持ち去られた。 かつては入ることのできなかった公邸を見に、大勢の市民が訪れた。その中の男性の一人は、略奪の様子に「これはよくない」、「残念だ」と、同記者に対して首を振った。 状況を収めるために公邸を訪れたHTS関係者は、略奪は容認できないと話した。 2011年の内戦発生でシリアを追われた国民の多くが、世界各地でこの日の事態に反応している。ソーシャルメディアには、「自分の国が解放されている時、寝ていられるはずがない」という投稿もあった。 反政府勢力がダマスカス近郊にあるサイドナヤ刑務所を掌握して、数万人の政治犯を解放したと情報が広まると、多くの人が喜びをソーシャルメディアに投稿。「みんながこの日を待っていた」と書く人や、「シリアは今、シリア人のものだ」と書く人もいた。 HTSは7日には、国内第3の都市ホムスを「完全に解放」したと主張。組織の代表は「歴史的な瞬間」だと強調したものの、シリア国防省は「テロリストがホムスに入ったという情報に根拠はない」と反論していた。 ダマスカスの郊外では、アサド政権に抗議する群衆がアサド大統領の亡父の像を倒した様子が撮影された。 反政府勢力は11月末に北西部のアレッポを掌握。これを機に、中部ハマや南部ダルアー県などシリアの広範囲で、反政府勢力が制圧範囲を広げた。 ■イランもヒズボラも撤収と アメリカ政府関係者は、BBCがアメリカで提携するCBSニュースに、ダマスカスが「地区ごとに反政府勢力に陥落している」と匿名で話した。 他方でシリアのモハメド・アル・ラフムーン内相は国営テレビで「ダマスカスの外周には非常に強力な安全保障と軍事的包囲網があり、誰もこの防衛線を突破することはできない」と述べていた。 ダマスカスの住民は米CNNに対して、反政府勢力がバルゼ地区に入り、戦闘が発生していると話した。「停電して、インターネットはなかなか通じない。住民は家の中にこもっている」という。 ロイター通信は、住民2人の話として、激しい銃撃音が聞こえたと伝えた。具体的な場所は明らかになっていない。 アメリカ拠点のNPO「シリア緊急タスクフォース(SETF)」は、シリアの首都が「すぐに陥落する」と主張していた。反政府勢力を支持するSETFのムアズ・ムスタファ代表はCBSに、ダマスカスが反政府勢力に包囲されており、近く陥落するだろうと話した。ムスタファ氏によると、イランのイスラム革命防衛隊は8日朝の時点ですでにダマスカスを離れ、ロシアの海軍関係者もシリアを離れていた。 AFP通信によると、イスラム武装組織ヒズボラも、戦闘員をホムスやダマスカスから撤退させた。ヒズボラは、アサド大統領に協力してきたイランが支援している。 ロイター通信によると、ヒズボラはレバノン国境に近いシリア西部クサイルからも撤収したという。 HTSはシリア国内の政府庁舎、国際機関や国連の事務所を守る義務が自分たちにあると主張している。 HTSのダマスカス進攻に先立ち、国連のアダム・アブデルムーラ人道調整官は声明で、「国連がシリアから全職員を避難されているといううわさは事実ではない」としつつ、「業務に不可欠ではない」スタッフは出国させていると認めていた。 国連のペデルセン・シリア担当特使も、カタールのドーハで記者団に対し、シリアの状況は「刻一刻と変化」していると述べ、「状況緩和、事態の鎮静化、流血の回避、民間人の保護」を呼びかけていた。さらに、「シリア国民の正当な希望実現につながるプロセスの開始」を促していた。 ■主要都市ホムスも反政府勢力が制圧 首都掌握に先立ちHTSは、ホムス市のいくつかの地区を制圧したと発表した。イギリス拠点のNGO「シリア人権監視団(SOHR)」によると、HTSの戦闘員はホムス市内に入り、シリア軍の撤退後にいくつかの地区を制圧したという。ホムス市内の中央刑務所の職員は、「囚人が政府軍によって人間の盾として使用されることを恐れて」扉を開けたと報告されている。 ホムスは、地中海沿岸にあるアラウィ派(アサド政権の支持基盤)の中心地域と首都ダマスカスを結ぶ戦略的な要衝。 反政府勢力にとってホムス制圧には、象徴的な意味合いも伴う。2011年にアサド政権が平和的な民主化要求運動を弾圧したことを機に始まった内戦の初期、ホムスは反政府勢力の一大拠点だった。その一部は政府軍に3年間包囲され、2015年に国連仲介の合意の一環で、アサド政権がホムス全体を掌握したという経緯がある。 (英語記事 Syrian rebel leader addresses cheering crowds in Damascus mosque as Assad flees / Where is Bashar al-Assad? )
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