福原遥の二面性と松雪泰子の冷酷さの応酬 『マル秘の密子さん』で序盤から変化したもの
「あなたが変われば、世界は変わる」そう言って魔法をかけたように周囲の人間の外見も内面もたちまち上向きに変化させてみせる。『マル秘の密子さん』(日本テレビ系)の主人公のトータルコーディネーター・密子(福原遥)の手腕は鮮やかだ。 【写真】縄で縛られている夏(松雪泰子) 九条開発の社長・謙一(神保悟志)からの遺言で全保有株を譲渡されることになったシングルマザーの介護士・夏(松雪泰子)の前に突然現れたかと思いきや、本当に冴えなかった夏の背中をどんどん押して前向きにさせ、自信をつけさせていく。 ファッショナブルでそつがなく、時に大胆不敵で目的を達成するためには手段を選ばない密子の原動力は、謙一の秘書だった姉・鞠子(泉里香)の死の真相を探ること、その1点だった。この1点にだけ執着し、それ以外のことにはとんと無頓着で、自分自身のことだって簡単に投げ打ってしまいかねない危うさ、また諦念さえ滲む密子のアンバランスさは捉えどころがない。そしてどこか妖艶でとてつもなく魅惑的だ。そもそも夏に近づいたのも、彼女を九条開発の中枢に置き、姉の死の真相を暴くためだった。そんな密子の途方もない一途さやピュアさと、一方で誰にも期待せずに多くのことを諦め達観しているかのような妙に大人びた孤独の二面性を、福原は細かな声色の変化や目線の揺らぎで見事体現している。 そして夏の中の変化を促しながら、それに呼応するかのように密子の中でも愛着が生まれ、2人の間に信頼関係が芽生えていく。ついに社長にまで上り詰めた夏の姿を誇らしげに見守る密子の視線には、ただただ彼女への賞賛や応援が色濃く出ていた。そこには自身の計画通りに事が進行していることに対する満足感よりも、夏を慕う気持ちが滲んでいた。 それなのに、夏があの火事の現場で救いを求める姉を見捨てたと疑わざるを得ない証拠映像に行き当たる。夏を信じたい気持ちと、やけにこのところ自分を遠ざけようとするよそよそしい夏の態度に疑心暗鬼になっていく密子の姿は切ない。夏が姉の命を奪った犯人かもしれない事実だけでなく、これまで二人三脚で歩んできていつの間にかかけがえのない存在になっていた夏から距離を取られ、拒絶されたことへのショックに戸惑う密子。姉の復讐だけを原動力に生きてきて、そのためにはどんな犠牲も厭わないし誰にも心を許さず弱さも見せないという心づもりだったのだろう密子は、自分の中に姉以外に大切な存在が増えているという変化が受け入れ難かったようだ。 散々今まで他人が変化することを促し手伝ってきた密子が誰よりも実は自身の変化に弱く、認められなかったのだろう。姉に対して申し訳ないような気持ちにも苛まれるのかもしれない。 「君が変わったから世界が変わったんだ(中略)変わることは悪いことじゃない」と、彼女の自分でも処理しきれない気持ちに寄り添い声を掛けたのは遥人(上杉柊平)だ。彼女と対立しながらも知らず知らずのうちに影響を受け、自らの意志に関係なく纏わされていた鎧を脱ぐことができた遥人のぶっきらぼうな優しさが染みる。誤解を受けやすいものの、実は困っている人がいると見て見ぬふりのできない心優しい遥人こそが“レモンの君“だった。 自由にビジョンを描いていく父親の謙一に劣等感を抱いていたようだが、細かなところにまで目を配らせられ、考えるより先に人のために動ける遥人には正真正銘“謙一イズム”が引き継がれている。遥人の荒削りで朴訥で不器用な優しさは取り繕われていなくて嘘がない。そんな少し言葉足らずな彼の真意や歯痒さを上杉は自然と見せてくれている。 さて、夏が密子に急に他人行儀に接するようになったのは、例の火事の真相に近づくと密子の身に危害を加えるという脅迫状が届いていたからだった。いつどこで盗聴されているかもわからず、誰にもそれを打ち明けず自分一人が悪者になり嫌われるように仕向ける。元々心優しい夏ゆえにそれがどんなに刺すような胸の痛みを伴うことだったか想像に易しいが、“自分のため”よりも“大切な人のため”であればどこまでも頑張れる夏のことだ。その思惑を勘違いしてしまうほどの冷酷な対応ぶりは見事だ。最も変化幅の大きい夏を演じる松雪の、視る者に幾重もの解釈を許すような、見返すとまた別の真意が浮かび上がってくるような奥深い表情や佇まいは流石としか言いようがない。本作を通して一番見た目や風格が変わったのは間違いなく夏だが、大切なものはずっとずっと変わらず彼女の中にあることを信じさせてくれる説得力もしっかりと持ち合わせている。 そんな心やさしき人たちの善意を逆手にとって自分だけ得をしようとしている人間は一体誰なのか。美樹(渡辺真起子)に監禁されてしまった夏を密子は救い出せるのか。また姉の命を奪ったあの火災を仕組んだ真犯人は誰なのだろうか。
佳香(かこ)