【大島幸久の伝統芸能】坂東玉三郎「奇跡」の美
◆歌舞伎座「四月大歌舞伎」(26日千秋楽) 坂東玉三郎の美の世界は一つではない。例えば役名で言えば桜姫、雪姫の官能美、鷺娘の幻想美、阿古屋、揚巻の華麗な美、お岩の頽廃(たいはい)美。今月の「於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)」の土手のお六は、その頽廃美の一例である。 現在最高の黄金コンビ、片岡仁左衛門が鬼門の喜兵衛で玉三郎がお六。観客は沸きに沸いている。玉三郎が姿を見せると拍手の嵐、仁左衛門が花道に出ると歓声と拍手。お客は芸と美が詰まった役者を見たいのである。 玉三郎は作者・鶴屋南北の世界で映える。序幕・小梅莨(たばこ)屋の場で煙管(きせる)で莨をふかしながら田螺(たにし)の木の芽あえで一杯やる独特の雰囲気。下層に生きる夫婦の生活感が浮き上がる。「かかあ、灯をつけろい」「あいよ」。「早く帰ってくんねえよ」といった高い声のせりふ回し。 強請(ゆすり)に入った油屋の場では「ええ、火の用心のいい家だのう」は荒い調子の啖呵(たんか)。玉三郎は悪婆とされる役で頽廃美を描く。悪婆とは、ほれた男のためなら平気で悪事に手を染める女。 強請に失敗してすごすごと帰路に就く2人。空かごを担ぐ先棒が玉三郎、後棒が仁左衛門。恥ずかしいお六を愛きょうたっぷりの笑いで見せた。前進座の故・河原崎国太郎から習った役柄を受け継いだ芝居である。 次の「神田祭」は、鳶(とび)頭の仁左衛門を相手に芸者の玉三郎。美しく艶(つや)がある。16歳の時、三島由紀夫が奇跡だと言ったが、女形の第一人者となった今も奇跡の女形である。(演劇ジャーナリスト・大島 幸久)
報知新聞社