川勝前知事の”大風呂敷”がリニア議論に暗い影響…解決の切り札「代償措置」も矛盾だらけ
「代償措置」という切り札
南アルプスの自然環境保全をテーマにした静岡市のリニア環境影響評価協議会が2024年8月26日、開かれた。 【写真】富士山の保全は「静岡県の急務」…“鈴木”知事の手腕がいきなり試されている 会議では、元副知事で静岡県のリニア問題責任者だった難波喬司・静岡市長が、大井川源流部の在来種で、絶滅危惧種ヤマトイワナ(サケ目サケ科イワナ属)への影響に対する「代償措置」として、ヤマトイワナの‟サンクチュアリ(聖域、保護区)”設置をJR東海に提案するよう求めた。 8月5日に開いた静岡県の生物多様性専門部会で、リニアトンネル工事によって損なわれる南アルプスの自然環境と同等以上の「代償措置」を提案するようJR東海に求めたのと同じ考え方である。 「代償措置」の1つとして、静岡県、静岡市とも、ニホンジカの食害から高山植物を守る「防鹿(ろく)柵」設置の考え方を示している。 今後、JR東海は南アルプスの植生保護の立場で、防鹿柵の設置を提案する。 一方、水生生物のヤマトイワナへの影響に対する「代償措置」の考え方を示したのは、行政では、難波市長が初めてである。 県、市などの行政が大規模施設、道路、トンネルなどの開発行為を行えば、当然、周辺の自然環境に何らかの影響を与える。 地域振興のための開発行為とそれに伴う自然環境の影響を抑え込むのは非常に難しい。 自然環境に何らかの影響を与えるのはやむを得ないのだ。 川勝平太前知事の時代、県は自然環境保護団体などから批判を受ける開発側の立場にありながら、リニアトンネル建設計画に関してのみ、自然保護団体と同じように開発業者のJR東海に厳しい保全措置を求め続けた。 さまざまな矛盾点を指摘されながらも、川勝知事は自然環境保全の立場で独自の‟正論”を主張し、議論は際限なく続くと見られた。 ことし5月の川勝知事の退場のあと、県は、終わりのない議論を収束させるために着地点を探っている。その切り札が「代償措置」である。
減少するヤマトイワナの保全がなかなな進まない
地域開発と自然環境保護の対立で、損なわれる自然環境の度合いがどのくらいならば適正なのかを科学的、客観的には判断はできない。 ただ今回、解決策として登場したヤマトイワナの‟聖域”設置が果たして有効な手段なのかどうか、さまざまな議論を呼ぶ可能性が高い。 ヤマトイワナは全長30センチ前後、日本固有種で全国に生息する。大井川水系では絶滅危惧種の中で最も高いランクに位置づけされている。 JR東海は、静岡工区のリニアトンネル計画路線に沿って、工事の影響を及ぼすとされる16カ所の地点で魚類調査を行ったが、ヤマトイワナは一匹も発見されなかった。 現在、ヤマトイワナはリニア工事の影響範囲にはほとんど生息していない。 ヤマトイワナが生息しなくなったのは、自然環境の変化だけでなく、人為的な理由が大きい。 約30年前、リニアトンネルが貫通する南アルプスの大井川源流部には、東俣ダム、西俣ダムが建設された。ダム建設に当たって、多くの水生生物が姿を消した。 2つのダムから導水路を使って発電する中部電力の二軒小屋発電所が1995年7月から稼働している。 東俣ダム、西俣ダムの計画に当たって、現在のような自然環境保全は重要視されなかった。 東俣ダム下流の河川維持流量は毎秒0・11トン、西俣ダムの場合は0・12トンしかない。もともと自然環境保全を想定しなかった河川維持流量であり、水生生物には最低限の水量でしかない。 二軒小屋発電所は2019年3月末で水利権使用許可期限が切れ、2020年11月になって、国は、河川法に基づく知事意見を静岡県に求めた。 ダムからの河川維持流量を少しでも増やすことができれば、水生生物の生活環境を好転できる。 知事意見を求められた川勝知事は、国へ河川維持流量の増加を求めることが期待された。しかし、川勝知事の対応は皆無であり、河川維持流量は従来通りで決着した。 最も大きな理由は水利権更新の担当は、県自然保護課ではなく、県河川砂防課だからである。 もともとヤマトイワナは漁業対象種であり、保護保全の対象にはなっていないのだ。 リニアの自然環境問題を議論する生物多様性専門部会で、事務局を務める県自然保護は、JR東海に「ヤマトイワナを守れ」を強く求めてきた。 ところが、実際には、県全体では何らの保全策を講じないどころか、「ヤマトイワナを食べよう」が本来の姿勢である。 しかし、ヤマトイワナの数がさらに減少していくと予想することが今月26日の会議でわかったのである。後編『ヤマトイワナを保全したい静岡県が提案した「代償措置」…むしろ生物多様性に悪影響を及ぼす可能性があった』に続く。
小林 一哉