中国で「おっかない時代」の幕が上がった!?
中国は、「ふしぎな国」である。 いまほど、中国が読みにくい時代はなく、かつ、今後ますます「ふしぎな国」になっていくであろう中国。 【写真】中国「人口激減」の衝撃…「2050年に半減」という深刻すぎる未来 そんな中、『ふしぎな中国』の中の新語・流行語・隠語は、中国社会の本質を掴む貴重な「生情報」であり、中国を知る必読書だ。 ※本記事は2022年10月に刊行された近藤大介『ふしぎな中国』から抜粋・編集したものです。
共同富裕(ゴントンフーユイ)
この原稿を書いている2022年10月初旬現在、同月16日に行われる第20回中国共産党大会で、習近平総書記が異例の「3選」を果たすことが確実視されている。 中国政治というのは、一党支配する共産党の大会が開かれる5年周期で回っている。そして共産党大会のメインイベントは、9671万共産党員(2021年末現在)のトップである総書記の選出だ。 総書記の任期に党規約(党章程/ダンジャンチェン)の規定はないが、アメリカの大統領が「2期8年」であるように、「2期10年」というのが不文律だった。そのため「革命第三世代」の江沢民総書記は2002年の第16回共産党大会で「革命第四世代」の胡錦濤総書記に譲り、胡錦濤総書記は2012年の第18回共産党大会で、「革命第五世代」の習近平総書記に譲った。 ところが現在の習近平総書記は、後身の「革命第六世代」に道を譲りたくない。隣国の「盟友」ウラジーミル・プーチン大統領のように、半永久政権を築きたいと考えている。 それが14億中国人の総意であるというなら、他国の内政に干渉する気はない。ただ、「3選後」の中国の行く末が懸念されるのである。一から十まで毛沢東主席のマネをしている習近平総書記に、歯止めがかからなくなることが恐いのである。 1921年以来の中国共産党史を振り返ると、習近平時代のこれまでの10年というのは、1935年から50年代前半にかけての初期毛沢東時代に似ていた。結党当初は「泡沫党員」に過ぎなかった毛沢東氏が、戦乱の世を巧みに泳いで共産党を掌握し、国民党との内戦に勝って建国。天下平定後は政敵たちを抑えて、党内で盤石の地位を固めていった。 同様に習近平氏も、当初は総書記の「泡沫候補」に過ぎなかったが、江沢民グループと胡錦濤グループの激しい権力闘争の所産として、漁夫の利のようにトップに就いた。そこから10年かけて、「毛沢東張りの権力闘争」を党内で仕掛け、強固な権力基盤を築いた。 2021年7月1日、中国共産党は創建100周年を迎えた。この時の習総書記の重要講話などを聞いていると、その思考は、しごくシンプルである。すなわち、「第一の百年」(1921年7月~2021年7月)は、毛沢東主席が創った。その偉大なる功績を引き継いで、「第二の百年」(2021年7月~)は、自分が創っていくというものだ。 どう創るかと言えば、「中華民族の偉大なる復興という中国の夢を実現させる」。すなわち「アジアの形」を、1840年のアヘン戦争と1894年の日清戦争前に戻すということだ。 毛沢東主席は1953年12月16日、党中央委員会の「農業生産合作社の発展に関する決議」において、「共同富裕」という概念を提唱した。 「工業と農業の二つの経済部門の発展の不釣り合いな矛盾を、徐々に克服していくのだ。かつ農民が一歩一歩、完全に貧困から脱却できるような状況にし、共同富裕と普遍繁栄の生活ができるようにするのだ」 以来、同月だけで『人民日報』に9回も「共同富裕」が登場した。この政策は、敬愛するソ連のヨシフ・スターリン書記長が1930年代に行った政策をまねたものだった。 毛主席のこの考えを結実させたのが、1958年に本格的に始まった「大躍進」である。この年、毛主席は集団農場化(人民公社)と急速な工業化を推進。「15年以内にイギリスの鉄鋼生産に追いつく」と宣言し、無謀な鉄鋼生産を始めた。 「東風が西風を圧倒する」と勇ましかったが、中国経済はたちまち破綻し、4000万人が餓死する三年大飢饉となった。それでも毛主席は、1960年代に入ると、今度は「文化大革命」を起こし、中国経済を丸10年にわたって停滞に追い込んだ―。 2021年7月1日に、共産党創建100周年記念式典を華々しく終えた習近平総書記は、1ヵ月半後の8月17日に中央財経委員会第10回会議を招集し、重要講話を述べた。 「第18回中国共産党大会(習近平総書記を選出)以来、国民全体の共同富裕の実現を、一歩一歩重要な位置に据えるようにしていった。共同富裕の良好な条件作りを促進してきた。 われわれは国民全体の共同富裕の促進を、国民が求める幸福の力点に定めていく。 共同富裕とは、国民全体の富裕であり、庶民の物質生活と精神生活がともに富裕になることだ。少数の人が富裕になることではなく、平均主義の線引きをすることでもない。 高収入への規範と調整を強化する必要がある。合法的な収入を保護しながら、高すぎる収入を合理的に調節し、高収入の人々と企業が、さらに多く社会に還元するよう奨励する」 68年ぶりの「共同富裕」時代の幕開けだった。 習近平政権は「共同富裕」を、「調高拡中増低/ティアオガオクオジョンゼンディ」という6文字に集約している。すなわち、「高所得者の収入を調整し、中所得者層を拡大し、低所得者の収入を増加させる」。 この降って湧いたような「共同富裕」宣言に、高所得者層の間で激震が走った。特に、芸能界のトップスターやプロサッカー選手、IT長者らが恐れおののいた。 実際、トップ映画スターだった呉亦凡、ショパンコンクール優勝者のピアニスト・李雲迪、ナンバー1インフルエンサーの薇婭らが、次々に失脚していった。サッカー選手の年俸が大幅に引き下げられ、Jリーグの中国版であるCリーグは崩壊の危機に瀕した。 大手IT企業は、アリババとテンセントが、それぞれ1000億元(約2兆円)もの「共同富裕資金」への投資を申し出た。 抖音(TikTok)を運営するバイトダンス(字節跳動/ズージエティアオドン)は、この政策に不服と思われる創業者の張一鳴会長が退任することでケリを付けた。最も抵抗を見せていた配車アプリ最大手のディディ(滴滴出行/ディディチューシン)は、上場したばかりのニューヨーク証券取引所からの撤退を余儀なくされたあげく、80億2600万元(約1600億円)もの罰金を喰らった。そして大手IT企業には、等しく内部に強力な共産党組織が作られたのだった。 げに恐ろしきは「共同富裕」である。第20回共産党大会が近づくと、富裕層の間で翡翠を胸に着けて祈りを捧げることが、密かに流行した。「翡」は「習に非ず」、「翠」は「習が卒する(倒れる)」を意味するのだとか。 だが共産党大会で「3選」を決めた後、習近平総書記は共同富裕を引き続き推進していく意向で、そうなると、次の心配は「1958年の再現」である。 内政では、前述の「大躍進」が頭を擡げてくる可能性がある。農政改革が行われると同時に、アリババやテンセントなどは、事実上、国有企業のようになるかもしれない。 外交的には(中国からすれば内政だが)、「アヘン戦争と日清戦争前の状態に戻す作業」が行われるだろう。まずはアヘン戦争でイギリスに香港島が割譲された香港の「一国二制度」を換骨奪胎させていく。もしくは「グレーターベイエリア」(広東省・香港・マカオの一体化)推進の名のもとに、完全吸収する時期を、2047年から早めようとするかもしれない。 続いて、台湾である。習近平政権の主張は、日清戦争によって台湾を日本に奪われたことが、現在まで統一できていない「元凶」だというものだ。 1958年8月、毛沢東主席は、台湾が実効支配するアモイ近海の金門島への砲撃を命じた。約15万発もの砲弾が雨あられのように撃ち込まれ、金門島は阿鼻叫喚と化した。 結局、中国人民解放軍による金門島奪還には至らなかった。習近平政権は「毛沢東の遺訓」である台湾統一を果たすべく、こうした台湾が実効支配する島嶼部から手を付けていく可能性がある。その中には、中国が「中国台湾省の一部」と主張する尖閣諸島も含まれる。 習近平総書記が長期政権を目指すのであれば、「君主政治の理想形」と言われる盛唐の「貞観の治」を演出した、唐の第2代皇帝・太宗(李世民・在位626年~649年)を手本にしてほしい。その要諦は、二人の「諫議大夫」という「皇帝を諫める役職」を置き、常に耳の痛い苦言を出させたことにあった。今風に言うなら「聴く力」だ。 だが、約200人の歴代皇帝の中で、習近平主席が最も似ていると思われるのは、残念ながら唐の太宗ではなくて、清の雍正帝だ。5代目で、青年時代に苦労し、「泡沫皇帝候補」で、天下を取ってからは監察機関を強化して幹部(朝臣)たちを震え上がらせた……。 雍正帝がどんな最期を迎えたか。習主席には唐の太宗を始め、歴代の賢帝に学んでほしい。
近藤 大介(『現代ビジネス』編集次長)