「競技に出ることが想像つかない」引退覚悟から奇跡の頂点! フィギュア・山本草太「苦難の日々」
右足首に埋め込まれた3本のボルトが支える競技人生に、欲しかったタイトルが加わった。 【か、かっこいい…】現役時代よりも進化…!プロ転向・羽生結弦が見せた「圧巻の表現」 10月28日に閉幕したフィギュアスケートのグランプリ(GP)シリーズ第2戦「スケートカナダ」男子で、23歳の山本草太(中京大)が念願のGP初制覇を果たした。 将来を嘱望されていたジュニア時代の’16年3月、世界ジュニア選手権に飛び立つ直前の練習で跳んだトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)で右足首を骨折。計3度の手術を経て、競技会に復帰するまで1年半かかった。そこから6年かけてたどり着いた表彰台の頂点。 「競技に戻ることが想像もつかなかった状況から、本当に地道に練習を重ね、こうやって戻ることができた。まさか自分がここまで競技のレベルを戻せる、レベルアップできるとは想像もつかなかった。自分を信じて頑張ってきて良かったなと思います」 喜びを噛み締めながら語る山本の言葉一つ一つに重みがあった。 「ニュー草太」 今季、取材でよく口にするフレーズだ。エッジを深く倒した状態でじっくりと見せるイーグルなど、滑らかなスケーティングを武器にする山本はこれまで、『エデンの東』や昨季ショートプログラム(SP)の『イエスタデー』、フリーの『ピアノ協奏曲第2番』といった、ゆっくりとした雄大な音楽への調和を得意としてきた。 そんなイメージをがらっと変えたのが今季のSP『カメレオン』だ。初挑戦のジャズを手がけたのは、五輪2連覇の羽生結弦さん(28)ら数多くのトップスケーターを振り付けてきたデイビッド・ウィルソン氏だ。 オフのアイスショー『ファンタジー・オン・アイス』で来日していた際にウィルソン氏に依頼すると「草太のために時間をとるよ」と快諾。帰国日を後ろ倒ししてまで、練習拠点の中京大に足を運んでくれた。 これまでは、山本自身が曲を探して振付師を決めるパターンが多かったというが、今回はウィルソン氏に選曲から編集まですべて依頼。「曲を初めてもらったときは『これ大丈夫かな』と自分でも思うくらい、挑戦的な曲だった」と戸惑いを隠せなかったが、ウィルソン氏からの「SPの2分50秒でいろんなカラーを見せてくれ」との檄に覚悟を決めた。 メイナード・ファーガソンのトランペットの軽快な音色に合わせて滑り出す。冒頭の4回転―3回転の連続トーループを鮮やかに決めると、単発の4回転サルコーは、空中で回転軸が斜めに傾きながらもこらえるように着氷。演技後半のトリプルアクセルを難なくこなすと、「クールなところだったり、かっこいいところ、演じてこなかった新しい自分の一面をたくさんちりばめている」と語る表現力で観客を引き込んだ。 髪をかき上げる仕草、ニヒルな笑顔はこれまでの演目にはなく、両腕も使ったツイズルは優雅さだけでなく、力強さも感じさせた。音楽が鳴り止むと「まあまあ」とうなずいたように、表現力を評価する演技点は3項目全てで8点台にわずかに届かなかったが、昨季世界選手権2位のチャ・ジュンファン(韓国)を抑えてのSP首位に立ち、「とりあえず及第点。100点を目指すにあたって、伸びしろのある点数かなと思う。サルコーの後のスピンやアクセルも、もう少し質をよくすることができると思うので、さらに積み重ねてやっていけたらなと思う」と納得の表情を見せた。 昨季のGPシリーズは2戦連続でSPから逆転を許している。鬼門のフリーに今季選んだのは『エクソジェネシス交響曲第3番』。壮大なピアノ曲は、山本本来の持ち味を存分に生かしたプログラムだ。 序盤から立て続けに跳ぶ4回転サルコー、4回転―3回転の連続トーループ、4回転トーループの三つのジャンプを完璧に成功させて貯金をつくった。2度のトリプルアクセルでミスが出たものの、それ以外を見事にまとめ、滑らかなスケーティングは音楽によく映えた。演技点は3項目全てで8点台に乗せ、全体1位の得点をマーク。SP4位から猛追した三浦佳生(18)を0.53点の僅差でかわした。 「(シリーズ上位6人で争う)グランプリファイナル進出に向けて、結果が大事になってくる。今回のカナダ、次の中国杯は激戦になると感じていたので、まずは優勝という結果で終えることができてすごくうれしい」 競技後、山本はそう胸をなでおろした。 ’14年にジュニアグランプリ(GP)ファイナルで2位、’15年は3位に入ると、早々に4回転ジャンプも習得し、次世代のエース候補に名乗りを上げた。主将を務めた’16年2月のユース五輪で金メダル。まさに順風満帆だった。 だが、右足首骨折とそれに伴う3度の手術を経て、’17年秋に出場した中部選手権で跳んだジャンプは全て1回転。着氷するたびに右足首に痛みが出た。「ボルトが折れたら最後」。無理は禁物なのはわかっている。だが、それでは世界の舞台に上がれないのが、日本フィギュア男子のレベルである。 引退と隣り合わせのリスクがある中で、常にギリギリの練習を重ね、ここ2年でようやく「ここまで練習しても大丈夫というのが分かってきた」と振り返る。ジュニア時代からともに名古屋で切磋琢磨し、今や世界王者となった宇野昌磨(25)ともようやく同じ土俵で戦えると思えるまでに成長した。 「(大きな国際舞台での優勝は)ジュニア時代のユース五輪の金メダルで途絶えてしまった。そこが最後だった。あの頃のような結果はもう出せないかなと思った時期は長かったが、ジュニアではなく、こうしてシニアで結果を出すことができて本当に嬉しい。今はもうジュニアの頃の結果を振り返ることもなく、スケートができることに幸せを感じている」(山本) バンクーバーでの優勝は、過去の栄光と決別し、新たな一歩を刻む「価値ある1勝」となった。 取材・文:秦野大知
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