ピンポン外交52周年 北京大の卓球チームが訪米
【東方新報】中国と米国とのピンポン外交の52周年を記念して、12月12日から21日までの間、北京大学(Peking University)の卓球チームが米国を訪れ、首都ワシントンDCやロサンゼルスなど複数都市を回り、友好を深めた。 ピンポン外交のきっかけとなったのは実は日本。1971年に名古屋で開催された第31回世界卓球選手権だ。中国は当時、台湾の中華民国と政権の正当性を争っており、日本や米国とは国交を持たなかったが、この大会に代表チームを派遣。大会終了後に米国チームを中国に招待し大歓待した。米国側は翌年に中国チームを自国に招待した。 このピンポン外交によって高まった友好ムードが、後のリチャード・ニクソン(Richard Nixon)大統領の電撃訪中、さらに米中国交樹立へとつながった。 そんな当時の友好ムードと熱狂ぶりを再現すべく13日夜、首都ワシントンDCでは米中両国の大学生らが混合チームを作る親善試合などが行われた。イベントには、当時の米国選手、デル・スウィーリス(Dell Sweeris)、コニー・スウィーリス(Connie Sweeris)夫妻も参加。夫のデルさんは訪米団に同行しているリオデジャネイロ五輪の金メダリスト、丁寧(Ding Ning)さんとの対戦を前に「きょうは若い世界チャンピオンと対戦します。彼女も『友情第一、試合は第二』という当時のスローガンを順守してくれることを希望します」とあいさつし、会場の笑いを誘った。 謝鋒(Xie Feng)駐米大使は双方の関係者を前に、「今の中米関係は新たな岐路に立っている」との認識を示した上で「再び雪解けを実現しなくてはならない」と強調。「ピンポン外交から知恵と力をくみ取り、中米関係を安定かつ持続的に発展させ、両国民と世界を安心させるよう時代が求めている」と述べた。 ロサンゼルスでは記念フォーラムに続き晩さん会が開かれ、卓球関係者や協華僑団体など600人以上が参加する盛大な催しとなった。参加者の一人、ロサンゼルス卓球協会のブルック・レオナルド(Brooke Leonard)さんは「卓球がなければ、こんなに多くの中国の友達と出会うことありませんでした。卓球が今後も両国民の理解を深め、協力を促進すると信じています」と感慨深く話した。 今の中国と米国の関係は決して良好とは言えない。米国が圧倒的なパワーを持ち、中国はまだ貧しく国際的な存在感も小さかった頃の関係に戻ることを期待するのは現実的ではないかもしれないが、いがみ合いだけが唯一残された道というわけではないはずだ。相互理解の第一歩として、スポーツや文化を通じた交流に期待を寄せる人は少なくないし、自らが体験したならばなおさらだ。 ピンポン外交の当事者として友好を育み、その後半世紀余りにわたる二国間関係の変化を目撃してきたスウィーリス夫妻が、「ピンポン外交の遺産が若い人たちに受け継がれていくことを希望する」と若い世代にエールを送るのもそんな思いからであろう。(c)東方新報/AFPBB News ※「東方新報」は、1995年に日本で創刊された中国語の新聞です。