「頂上だよ」喜びの連絡後に警察から予期せぬ電話、「一瞬のミスが・・・」 父の最後の足跡たどった息子、墓石代わりの寄付に込めた思い
八ケ岳地蔵尾根の上部、「ここなら100メートルは落ちてしまう…」
「ここに雪が付いて、さらに下りだったら、かなり怖い」。東京都世田谷区の会社社長、漆畑洋輔さん(39)は2023年10月13日、八ケ岳の地蔵尾根の上部まで登ったところでこう感じた。 【写真】洋輔さんの父が遭難した八ケ岳の地蔵尾根の上部付近
地蔵尾根は行者小屋から主稜線(りょうせん)への最短ルート。その分、登山道は険しい。樹林帯を進むとすぐに傾斜が増していく。ダケカンバを抜け、岩が露出する急傾斜には鎖場もある。こうして標高差約370メートルを登り切ると地蔵の頭(2722メートル)に達する。 「警察の方から、滑落地点は地蔵尾根を下り始めた場所と聞きました。確かにここなら、100メートルくらいは落ちてしまうだろうと思いました」
父は尾根を下り始めたところで滑落
洋輔さんの父・俊昭さん=当時(70)、東京都町田市=は23年3月4日、八ケ岳の主峰・赤岳(2899メートル)に1人で登頂。そして、地蔵尾根を下り始めたところで滑落してしまった。目撃した登山者の通報により、山梨県の消防防災ヘリコプターで佐久市内の病院に運ばれたものの、死亡が確認される。肺や背骨を強く打ったことが死因だった。
遭難から7カ月、息子は現地へ
遭難から7カ月を経て、洋輔さんは八ケ岳に足を運んだ。俊昭さんの最後の足跡をたどるようにして歩んだ地蔵尾根。俊昭さんは2年前の冬にも友人と登るなど、何度もここを訪れていた。
「すごくきれい」感動を伝えてきたのに…無言の対面
俊昭さんが入山したその日、本州は広く高気圧に覆われ、赤岳も好天に恵まれていた。「頂上だよ」。俊昭さんは妻(洋輔さんの母)に電話をかけた。ぐるりと開けた映像も送りながら、「すごくきれい」。登頂の感動を伝えるとともに、「夕方には帰宅できるんじゃないか」と話していたという。 ところが、洋輔さんの母はその後、警察から予期せぬ電話を受ける。「俊昭さんとみられる人が滑落して心肺停止」という。洋輔さんは子どもの行事で外出しており、母からの連絡に「信じられない思いでした」。妹を含めた3人で特急「あずさ」に乗り込み、茅野駅から茅野署へ。そこで俊昭さんと対面したのだった。