島田珠代「娘が8か月のときに、夫はがんで余命宣告を受け」ケンカも増えて決断した別れ
夫が「余命5年です」と告げられた島田珠代さん。まだ、赤ちゃんを迎えたばかりのときでした。やがて、いろんなものが壊れはじめました。(全4回中の2回) 【画像】「こんな幸せが…」いまは亡き夫と妊娠中だったころの珠代さんほか(全10枚)
■30代で小道具担当の方と結婚、出産、そして ── ダウンタウンMCの伝説的番組『4時ですよ~だ』を見たのをきっかけに吉本入りし、新喜劇の看板女優になった島田さん。30代半ば、プライベートで大きな変化があったそうですね。 島田さん:そのころ、名古屋のドラマの仕事で縁があった小道具担当の方と結婚しました。そろそろ子どもが欲しいと思っていたので、急いで籍を入れて名古屋で暮らし、すぐ娘が生まれたんですけど…。
娘が8か月のときに、夫が健康診断でひっかかり、直腸がんのステージ4と判明したんです。そのとき、夫は31歳くらい。本人が余命宣告を望むので、夫婦で先生に話を聞いたら「余命5年」と言われました。 ── 生まれたばかりの赤ちゃんがいるなか、余命5年の宣告は厳しいですね。 島田さん: そのまま温存すると余命が縮まるので、人工肛門にしました。人工肛門では、いままでの名古屋の会社では働けないらしく、家族で大阪に戻って暮らすことにしました。
■夫は闘病でメンタルが崩れ「今日もお惣菜ですか?」 ── 家族一緒に大阪に戻ってから、闘病生活はどんな感じでしたか? 島田さん:本人が希望したので、大阪で働ける会社を見つけて働いていましたが、夫はもともと名古屋愛が強くて、大阪に慣れることができませんでした。抗がん剤の影響なのか精神的なバランスも崩しがちで、葛藤もあったと思います。 ── 闘病しながら、新しい生活や仕事を始めるのは大変だったでしょうね。
島田さん:私は夜も仕事があったので、実の母が泊まり込みで来てくれていました。私が夜中まで稽古があるため、夫と母だけになることも多かったのですが、けっこうふたりがぶつかることがあったらしくて…。 母は老体にむち打って幼児の世話をし、私のかわりに家事を手伝ってくれていたのですが、夫から「今日もお惣菜ですか?」などカチンとくることを言われたとか。 私が仕事から帰ると、夫と母からいろいろ言われて板挟みに。私が夫とぶつかることもあったし、少しずついろんなものが壊れはじめたんです。いまでもあのときの話をするとやっぱり私、泣いてしまいます。