未来への種(5月23日)
矢祭町の60代主婦から20年ほど前、本紙「ひろば」欄に投書が届いた。公共施設の落成式で思いも寄らず、記念の投げ餅を手に入れた。熱い感激が行間にあふれていた▼孫を背負い、けがをさせぬよう離れた場所に立っていた。「こんな遠くまで、餅は飛んでこないだろう」。その姿を目に留めていた人がいた。当時町長だった根本良一さん。主婦をめがけて撒[ま]き、終わった後、さらに二つ持ってきてくれた。「私のために…。胸がいっぱいになった」という▼福島県最南端の町を率いた元リーダーが逝った。国が市町村合併の旗を振る折も折、独立独歩の町づくりを宣言した。有形無形の圧力を受けたとも聞く。「石攻め、水攻め、火攻めに遭っても屈しない」。断固たる姿勢は、全国から反響を呼んだ。素顔は家具店の社長さん。少し頑固だが、きさくな野球好きだ。母校学法石川高の活躍を誰より楽しみにしていた▼まだ闘い足りない―。旅立ちの表情は、そう訴えかけているように見えた。86年の生涯を通じ、追い求めたものとは一体何か。誰も取り残さない。みんなが笑顔になれる町政。希代の政治家が蒔[ま]いた種は、山紫水明の里でしっかりと未来へ芽吹く。<2024・5・23>