「より早く、よりたくさんの人を運ぶため」鉄道会社の知恵と努力の結晶がここに!!「鉄道ダイヤ」とは
鉄道ダイヤとは、その路線のすべての列車の運行の様子が分かるように記されたダイヤグラム=「列車運行図表」のことを指す。われわれにとって身近な時刻表はその中からそれぞれの駅に電車が発着する時間だけを抜き出したものだ。世界でも類を見ない正確さを誇る日本の鉄道。その運行を陰で支える鉄道ダイヤを知れば、鉄道についてより深く知ることができるという。そんなダイヤの成り立ちについて『鉄道ダイヤ 探究読本』の著者である井上孝司氏に聞いた。 【驚愕】すごい…「見ると幸せになる」ドクターイエローもダイヤで運行している? 「列車運行図表」とは横長の紙に記され、縦軸に駅名、横軸に時刻の目盛りがあり、列車ごとに各駅の到着・出発・通過時刻を線で結んだもの。1本の列車の運行は1本の斜めの線=「スジ」で表される。列車の運行には欠かせないものらしいのだが、どういう点が役に立っているのだろうか。 「運行図表では列車がすべて線で表されるので、追い越しとかすれ違いなど、個々の列車同士の関係が一目で把握しやすいんです。時刻表にしてしまうと分かりにくいんですね。乗客にとってみれば必要のない情報なのですが、実際に運行する立場の人間にとって、その関係はすごく重要なんです。 列車にはそれぞれ番号が振ってあり、指令員はそれを見れば、この列車は今どこを走っている列車で、遅れたらどういう影響が出るかというのが一目で把握できるわけです」 鉄道ダイヤは運行計画を立てたり、列車の運行を管理するうえでは不可欠なものだ。そして鉄道会社にとって、どの時間帯にどこへ向かう列車をどれだけ走らせるかという輸送サービスを形にしたものであり、1つの「商品」として位置付けられるという。 「どういう輸送サービスを提供したいのか、あるいはどういう事情に見合った輸送サービスを提供するのかがダイヤに反映されるわけです。例えば毎日1万人の需要があるところに、毎日5000人分ぐらいのキャパしかない列車を出していたら、輸送量は足らないですよね。当然、その需要に見合った列車を走らせるという考え方が出てくる。 もう1つの考え方として、需要を喚起するという考え方もあります。例えば、朝の東海道新幹線の下りを見ると、昔は東京発の博多行きしかなかったのが、今は品川発とか新横浜発もある。例えば品川発は、東京の西側に住んでる人にとっては、東京駅よりもアクセスが良く、新横浜は横浜近辺に住んでる人にとってメリットが大きい。品川や新横浜発の朝早い列車を設定し、近辺に住んでる人がより早く大阪に行けるようにすることで、新たな需要を喚起するという意図が入っているのです」 また、ある区間を〝最短××分で走る特急列車〟といった謳い文句が出来るように、停車駅を絞ったフラッグシップ的な列車を走らせるケースもあるそうだ。 「分かりやすい例で言うと、北海道新幹線では一部に停車駅を絞って、早くしている列車があります。例えば朝一番のはやぶさ1号は二戸から先に全部停まるので、東京から函館まで4時間20分以上かかります。ところが7号だと、盛岡の次は新青森しか停まらない。これで4時間を切って3時間57分。1本でも早いのがあれば最速4時間切りって言えるわけです。そういう設定の仕方もありますね」 通過駅が多ければそれだけ早く着くが、通過駅を利用する人にとっては不便だ。そのあたりのバランスも大事になってくる。また、列車の本数をふやせばそれだけ便利になるが、際限なく「スジ」を引くことはできない。現実にはいろいろと制限があるのだ。 「例えば、ラッシュ時に4両編成を8両編成にしたら、1本の輸送力は倍になるけど、4両編成の列車が1本走らせられなくなって他にしわ寄せがいく可能性もあるわけです。使える車両や乗務員の数は限られているので、そこをどうバランスを取るかということも考えないといけない。 足りないなら車両を増やせばいいと思うかもしれませんが、1両作ると何億円の世界で、大きな設備投資なんですよ。例えば、新幹線の16両編成は1本作ったら数十億の投資になるんです。 しかも、車両を置く場所も必要だし、検査のための出費も余分にかかる。投資に見合った使われ方ができるかということまで考えないと、車両を増やす決断ってできないんです。だから手持ちの車両でやりくりするのが一般的ですね」 乗務員の人手不足も深刻だ。最近では長野電鉄で乗務員が足りないため特急の運転を減らすという事態も起きている。また、速い列車が遅い列車をどこで抜くのかを決めるときには、接続の問題も考えないとならない。途中で枝分かれしている路線があったりすると、さらに担当者にとっては悩ましい問題となる。 「特にJR東日本の新幹線は制約事項がすごく多くてパズルみたいなところがあります。まず、東京~大宮間は東北、上越、北陸、全部共通ですよね。大宮~高崎間も上越、北陸は共通。さらに福島から山形新幹線が分岐して盛岡から秋田新幹線が分岐する。これは在来線に乗り入れている関係もあって途中に単線区間があるんですよ。そうすると、どうしても「スジ」を引ける数が大きく制約されてしまうんです。 また、秋田新幹線も山形新幹線も東北新幹線の列車と併結して走っているから、東北新幹線にもその影響が出る。そうすると、今度はその東北新幹線の「スジ」が限られてきてしまう。さらに北海道に行く列車はなるべく早く走らせたいとなると、もうガチガチに制約が厳しくなってきて、1ヵ所をいじったら玉突き式に影響が波及してしまうんです。この担当者は大変な仕事をしてると思います」 ダイヤ作成の担当者の苦労は察して余りあるが、現実問題としてより早く、より多くの人を運ぶためのダイヤを組むのには、鉄道会社のさまざまな部門の一致団結が不可欠だと井上氏は語る。 「例えば東海道新幹線で言うと、今、のぞみは新横浜、新神戸、品川に全列車停まります。新幹線の競争力を上げて集客につなげようという戦略でそうしたのですが、停車駅が増えたことで、最初は東京~大阪間2時間半だったのぞみは所要時間が何分か延びました。 それで、車両の性能、最高速度を上げたり、カーブの通過速度を上げたりして、現在は2時間半に戻っています。車両担当の部署とか、それを支える電力、施設、土木の部署も協力して初めてこれが実現したわけです。 また、東京駅の車内整備も迅速にやることで増発に寄与しています。着いた列車が乗客を降ろして、清掃をやって、また乗客を乗せてすぐに折り返すって、結構とんでもないことです。それが高頻度運行とか、旅客にとっての利便性に貢献してるんです。 だからダイヤっていうのはその鉄道会社の総合力の表れっていうふうに考えていただければと思います。 我々は最終的に出来上がった時刻表だけ見て、あれこれ言ってますけれど、その裏ではすごいいろんな作業があるんだと。ふだんはせいぜい運転士と車掌ぐらいしか乗客の目に触れないですけれども、みんなが協力して初めて列車がちゃんと動くんです」 ふだんはわれわれが目にすることのない鉄道ダイヤだが、それに触れることで鉄道のさまざまな側面を知ることができるのだ。 『鉄道ダイヤ 探究読本』(井上孝司・著/河出書房新社)
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