盲目の愛?最高の同志? 不倫公表の映画監督と女優が紡ぐ4つの愛の物語
『それから』は、小さな出版社を営む社長(クォン・ヘヒョ)の不倫の物語。社長夫人(チョ・ユニ)の夫への疑惑の巻き添えを食うキム・ミニ演じるアルム。大学の教授の紹介でその日、出版社に初出勤したアルムに、誤解した社長夫人が平手打ちをくらわす。アルムは、即刻辞表を出してもおかしくないくらいの勢いで殴打される。でも耐える。見ている我々は疑問を感じるが彼女は自分から辞めるとはいわない。それは、女性の就職状況によるものかもしれないが、たぶん彼女が「信じているから」なのだと思う。彼女は社長に「生きる理由は?」と問い、自身は「主人でも主人公でもないこと、いつ死んでもいいということ、大丈夫だということ、世界を信じている」からだと答える。不倫すら、理不尽なことすら受けとめる力の源は「信じる」。これはたぶんキム・ミニの、そしてホン・サンス監督自身のことでもあるのだろう。
ホン・サンス監督が、不倫関係を明らかにしたのは、『夜の浜辺でひとり』でキム・ミニがベルリンの銀熊賞(主演女優賞)を受賞したときの記者会見。映画監督との不倫に疲れた女優のヨンヒ(キム・ミニ)はドイツのハンブルグに逃避行し、やがて韓国のカンヌンに帰国する。その過程でヨンヒは、友人や先輩と酒を飲み、からむ。そのとき彼女から発せられる暴力的な言葉に、我々はハッとさせられる。愛とはなにか? 身を切りながら問いかけてくるからだ。 韓国では2015年まで不倫が法的に罰せられる姦通罪があったそうだ。すでに廃止されたものの、未だ露見すれば社会的信用は失墜する。特に女性の場合は。それを了承しつつ、キム・ミニとホン・サンス監督は恋――不倫ではなく、あえて恋と呼びたい。二人が互いを思う心は、もう誰にも変えられないのだから――を公にした。同時にキム・ミニを、ホン・サンスの“ミューズ”とは呼びたくない。ゴダールやトリュフォーの時代じゃあるまいし。二人の存在はよくあるものであると同時に、言葉で形容しがたいように思う。