「産んだ記憶ある」「祭壇」…SNSで賛否! 発売前重版で話題のオタク用語辞典「刊行までの軌跡」
「供給過多」「金なら出す」「開封の儀」……こうした言葉に聞き覚えはあるだろうか? ちなみに某界隈オタクの私にとって、これらは非常になじみ深い言葉。知らない人の前で使えば奇異の目で見られるが、界隈オタク同士であればスムーズに話が進む。 【写真】すごい……! 台湾から来た“天使のチアガール”の舌出しミニスカ姿 “推し”という言葉が世間にも浸透してきた昨今、そんなオタク用語を日常的に使っている学生たちによる書籍『オタク用語辞典 大限界』(三省堂)が、11月21日に発売された。 ◆「はじめは資料として取り寄せた」同人誌が商業出版に至ったワケ 本書は、名古屋短期大学現代教養学科の学生12名が、自分たちの周りで使われているオタク用語約1600項目を集め、語釈と用例を付した読み物だ。近代辞書『大言海』(大槻文彦/冨山房)と、限界オタク(※1)を掛け合わせたネーミングで、その奇抜なコンセプトから注目され、発売前には重版が決定。Amazonランキングにて上位を獲得するなど話題を呼んだ。 ※1:オタクの中でも推しへの愛情が限界に達したオタク 実はこの『大限界』、もともとは同校で准教授を務める小出祥子氏が担当するゼミ活動が発端。’22年の学園祭で同ゼミが作成した同人誌が契機となり、今回の商業出版化に至った。販売された同人誌はマニアたちの拡散もあり、瞬く間に完売した。 出版を手掛けたのは『大辞林』『新明解国語辞典』など日本の辞書出版のパイオニアである三省堂。なぜ発売に至ったのか、担当編集者と宣伝担当者に話を聞いた。 「はじめは辞書を作るための資料として取り寄せたんです。最近使用される言葉の用例や由来を調べたいと思っていて、最初から書籍化したいと思っていたわけではありませんでした。 それで名古屋短期大学に問い合わせたら、“出版を検討していただくことは可能でしょうか”と打診がありました。本書を見て、女子大生たちの熱量とユーモアに衝撃を受け、その偉業は商業出版としても価値があるのではと考えたんです」 ◆萌えから推しへ、禿同から分かりみへ。時代とともにアップデートされる“オタク用語” 本の中身を見てみると、「オタク共通用語」「BL界隈(かいわい)用語」「ポケモン界隈用語」など、併せて14章の構成になっている。記載された言葉にはオタク的な意味だけでなく、その言葉の本来の意味、用例、場合によってはイラストも記載されている。 例えば「助かる」という言葉の本来の意味は「危険な状態を免れる」だが、オタク的意味では「推しから供給をいただいたことに対して返す感謝の言葉」となる。そして用例として「くしゃみ助かる」が記載され、“くしゃみをしている可愛い様子を供給していただき、ありがとうございます”といった例文が記載されている。 また冒頭で触れた「供給過多」という言葉だが、中高年世代であれば「需要に対して供給が多すぎる状態」と捉えるだろう。主にビジネスシーンで使われ、市場的には若干ネガティブな意味合いにも感じられる。 しかし本書によれば、好きなジャンル(ゲームやアイドルなど)から、有益な情報や好みのシチュエーションが供給され続け、嬉しさのあまり溺れそうになる状態とのこと。ネガティブなんてとんでもない。息の根が止まるほどポジティブな意味として使用されるのだ。 中には1単語あたり300文字以上の解説文もあり、用例のシチュエーションもさまざま。その熱量は文体からも垣間見え、オタク特有の早口ボイスが脳内で再生され、まさに大草原(※2)不可避だ。 ※2:もともとはネット用語で笑いを表す言葉として「w」で表現していたが、wが連なる様が草が生えている様子に見えることから「草」とも言うようになった。今回はそれの最上級を表している。 なお、“心から同意すること”を意味する「わかりみが深い」の解説を見てみると、「古くは“禿同”(はげどう※3)と記された」との記載が。’00年代前後に頻繁に使われていた「萌え」や「禿同」という言葉が、令和の現在どのように変わってきたかも解説されており、その変化を知ることもできる。 ※3:激しく同意、または禿げ上がるほど同意の略語 本書のターゲット像を聞くと意外な言葉が返ってきた。 「原神(ゲームの名前)界隈、男性アイドル界隈、2.5次元界隈などの用語を挙げてはいるものの、その界隈の人に読んでもらうだけが狙いではありません。オタク用語はどうしても個人の解釈にゆだねられる部分が大きいので、最近何かの沼にハマったライトなオタクの人が“この界隈の用語って、どういう使われ方をするんだろう?”を知るきっかけにもなってほしい。 小出ゼミの皆さんが、自分たちの周りで使われている生(なま)の言葉を集めた血と汗と涙の結晶なので、収録されている用語に偏りがある点は、どうか温かい目で見守ってほしいです」 ◆「辞書の三省堂」だからこそ、彼女たちの熱量を大切に 過去には球団ファン向けの辞典を出版したり、辞書から消された言葉を集めた『三省堂国語辞典から 消えたことば辞典』を出版するなど、遊び心あふれる取り組みを行ってきた三省堂。 しかし今回発売された『大限界』について、同人誌から出発したものを『辞典』と銘打って出版することに反発する声は少なくなかった。とはいえ、専門家監修のもと学術性の高い辞書にするのは、小出ゼミの方針とは大きく乖離(かいり)ができてしまう。そのため、本格的な辞書と受け止められないよう、造本もポップな単行本にした。 「“ネット上で有名な言葉だから載せる”という網羅的な内容ではなく、小出ゼミに在籍する学生たちが普段から使用する言葉だけを載せることが編集方針でした。初めて同人誌版の『大限界』を見たときに感じた彼女たちの熱狂を、なるべく生かしたかったんです。 ただ、発売前にはさまざまなお声をいただきました。人権侵害やオタクの作法、本を読んだ人が傷つかないかなどを再度見直し、校了前に数十箇所の修正を行いました」 ◆大限界は第一歩。小出ゼミと三省堂の今後 ’22年に、女子大生たちの情熱から生まれたひとつの同人誌が、140年以上の歴史を持つ三省堂のもと書籍化を迎える。同人誌版の序文には「日本初のオタク用語辞典です!」とおどけて書かれていた言葉も、より現実味を帯びてきた。 「今回の『大限界』の出版は、これからの第一歩だと思っています。もとよりオタク関係の言葉を網羅する辞典ではありませんが、名古屋短期大学は来年から共学になり、今後議論の幅も広がってくる。来年度のゼミでの辞書制作も予定されているので、ぜひ今後の『大限界』にも期待していただければ嬉しいです」 いまを生きるオタクたちの熱量を肌身で感じたい人は、ぜひこの本を手に取ってほしい。こんな本欲しいと思うヤツなんて狂ってる? それ、誉め言葉ね。(※4) ※4:2ちゃんねるに書き込まれた、中二病患者のレスがもとになっている。 取材・文:FM中西
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