ペリー横浜来航170年 警備の松代藩士が描いた絵巻を公開 佐久間象山が作戦指揮 長野
江戸時代末期の1854年、米国の提督ペリーが日本に2度目の来航をした際、警備を任された松代藩が当時の様子を記録した絵巻(個人蔵)が長野市松代町松代の象山記念館で展示されている。幕末の思想家で松代藩士、佐久間象山(1811~64年)の没後160年に合わせた企画展に合わせて並べ、来館者の目を引いている。 【詳細】黒船が浮かぶ横浜の海、警備する人々
絵巻は松代藩士の樋畑翁輔(ひばたおうすけ)が原図を描き、息子の雪湖(せっこ)が仕立てた。長さ12・5メートルあり、黒船が来航した港の様子やペリーの肖像画、警備に当たる松代藩の人員配置などが詳細に描かれている。展示する部分を替えながら、12月28日までの会期中に全てを公開するという。
同館によると、松代藩はペリーが来航すると、横浜に設けられた日米交渉を行う応接場の警備を命じられた。象山は警備の作戦指揮を担った。学芸員の降幡浩樹さんは「松代藩が警備を任されたことから、幕府から信用されていて軍事力もあったことがうかがえる。松代とペリー来航につながりがあることを市民に広く知ってほしい」と話していた。