春風亭一之輔、ありがとう、「ブギウギ」 「六郎」が配属されている部隊に慰問に行った夢を見た
落語家・春風亭一之輔さんが連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今回のお題は「朝ドラ」。 「ブギウギ」が終わった。 最初から最後までしっかりと朝ドラを観たのは久しぶりだ。 去年の10月から始まった「ブギウギ」。「あー、また新しいのが始まるんだなー。朝ドラ観るのを習慣づけると案外一日がシャキッとするから、まぁとりあえず観てみるかー」くらいの軽い感覚で見始めた。 バッチリはまってしまった。 とにかく主役の福来スズ子を演じる趣里さんの演技、特にクルクル変わる表情に魅了された。あんなに稼働時間の多い表情筋もないだろう。表情筋も冥利に尽きるはず。もしも願いが叶うなら「来世は趣里さんの表情筋になりたい」そう思った。 で、ロスになった。しかも去年の12月に。まだバリバリやってるのにロス。「来年の3月には終わっちゃうんだな……」という「先取りロス」だ。寂しくて寂しくて仕方ない。だから頭を切り替えた。「そうだ、オレがロスなのに『ブギウギ』はまだやってるんだ!」。ロスなのに観られる。こんなに素晴らしいことはないじゃないの。 去年の紅白に趣里さんが出るかなあと期待したが、それはなかった。いま思えばドラマの終盤に「男女歌合戦」のくだりがあったので、その必要はなかったのかもしれない。その代わり?なのかお母さんの伊藤蘭さんが出演。木久蔵兄さんの代演に木久扇師匠が来た! みたいな。いや、例えが違うな。せっかく「ブギウギ」の話をしてるのに出てこないでください、木久扇師匠っ!
私の一番思い入れのあるエピソードは……。 主人公スズ子の弟・六郎に赤紙が来た。六郎は喜んでいた。六郎は徴兵検査に甲種合格。今まで人から褒められたことのなかった六郎は、それを周囲に、両親に自慢した。両親は喜ぶ六郎に「よかったなぁ……さすが六郎や……」と、複雑な笑みを浮かべ声をかける。 入隊前に六郎は東京に住むスズ子の元を一人訪ねる。別れの前夜、六郎は戦争に行くのが怖いと姉に打ち明け泣いた。翌日、六郎は笑顔で姉に手を振った。 姉弟は再び会うことはなかった……。 今、池袋のルノアールでこれを書いている。涙が溢れてきた。緑茶を持ってきた店員が、目を真っ赤にしたおじさんを不思議そうに一瞥する。泣いて悪いか。 笠置シヅ子さんのウィキを観ると、どうやら史実らしい。笠置さんの弟さんは若くして戦死されているという。 六郎帰ってこないかな……とズーッと願っていた。ドラマなんだからこの際史実なんか忘れて帰ってきて欲しい。そう思っていた。最終回まで観たら、やっぱり帰ってこなかった。当たり前か。 私は今でも六郎がひょっこり帰ってくるのではないかと思っている。「ねえやん! いま帰ったでぇ!」と笑顔で帰ってくるのではないか? 六郎は言うだろう。「(飼っていた)亀は元気でおるか? あれ? あんただれ? えー! ねえやんの子? わい、知らないあいだにオジサンになったんか? わいは六郎や。お前、名前は? 愛子? えぇ、名前やなー! 今まで亀の世話ありがとな。これからよろしくたのむわっ!」と。