MotoGP 2023年のホンダ『日本メーカー vs 欧州連合の構図になっていた』【インタビュー後編】
イタリアでは二輪の運動力学が学問として体系立てられている
成功体験の蓄積は、諸刃の剣なのだ。それは企業風土として根付き、開発の方向性を決める根拠となる一方で、強力な足かせにもなり得る。成功という“甘美な報酬”によって既成概念がどんどん強化され、それがやがて開発の可能性を圧迫し、狭めていく。 逆に言えば、現在のホンダやヤマハの「失敗体験」は、成功体験によって培われた社内の常識を突き崩し、新しい発想を生み出す源となり得る、ということになる。 だが、道程はそう容易なものではなさそうだ。佐藤が続ける。「二輪の運動力学を考える時、その学術的な蓄積が残念ながら日本にはほとんどありません。一方でイタリアでは二輪の運動力学が学問として体系立てられており、博士がいて、その下で学ぶ学生がいます。そして彼ら/彼女らが二輪メーカーのエンジニアになっていく、という文化があるんです。日本にはそういう文化的な背景がない分、どうしても技術のキャッチアップが遅れる、という面があったと思います」 さらに桒田が補足する。「コロナ禍で改めて気付かされたのは、ヨーロッパメーカーの地政学的な強みですね。皆さんからは、私たちホンダ対ヨーロッパ各メーカーといった、個別メーカー間のライバル関係が見えるのかもしれません。しかし、例えばイタリアンメーカーが相手だとすると、彼らは自国のイタリアだけではなく、EU圏内全体から技術やパーツを調達できるんですよ」 ──マルク・マルケスとともにMoto2、MotoGPで計7度のチャンピオンを獲得した『THE KING TEAM WORLD CHAMPION』のステッカーがマシンに貼付されていた。
EU圏内には、数多くの二輪パーツサプライヤーが存在する。ある新パーツを開発しようとした時、選択肢は幅広い。となれば、スピードでも、コストでも、さらにはボリュームでも、圧倒的に有利なはずだ。佐藤は二輪運動力学の研究面において「ヨーロッパには文化的な背景がある」と指摘した。そして桒田は、具体的な開発面においても、やはり二輪文化が根付いているヨーロッパの有利を挙げるのだ。 どうやらこれは、とてつもない話だったようだ。「日本メーカーはなぜ勝てないのか」と疑問を持つ時、無意識のうちに「世界トップに君臨する日本メーカーが、なぜ」と考えていた。「本来は勝てるはずの日本メーカーが、なぜ勝てないのだ」と。もっとあからさまに言えば、「ヨーロッパメーカーに負けるはずがない。新しいアイテムの投入やシーズンの切り替わりやちょっとしたきっかけで、いつでも逆転できるはずだ」」と、心のどこかで思っていたのだ。 しかし、ヤマハやホンダの「敗戦の弁」を聞く限りでは、そう簡単な話ではまったくなさそうだ。桒田は、「ヨーロッパユニオン」という言葉をたびたび使った。日本メーカー対ヨーロッパメーカーの戦いではなく、日本メーカー対ヨーロッパ連合体の戦いだ、と。そしてヨーロッパには文化的学術的な下地があり、さらには地理的な有利さえもあることを思えば、これを跳ね返すのがいかに困難なことかが分かる。 「空力パーツをまた例に挙げますが、『とりあえず装着してみる』といったレベルの開発では勝負になりません。装着した結果、マシン全体にどのような影響が及ぶかを理解しながら、開発を進めなければならない。そういった時に、ヨーロッパには学術的な研究成果があるわけです」と、佐藤。 桒田が「大学などとコラボレーションしながら、そういった研究内容をうまく採り入れて開発を進めていくのが、ヨーロッパ勢のやり方なんです」と付け加える。「同じような形状の空力パーツを付けてみた」といった安直な戦いではないことが、よく分かる。そしてこういった基礎力の差が個々のアイテムについて起きているとしたら──。 「だからといって、ヨーロッパに依存するような方法にはしたくない」と、桒田が言った。「私たちは日本のメーカーですからね。日本の中でできる限りのことを最大限にやって、ヨーロッパ勢に対抗できるような体制を作っていかなければなりません」 これもヤマハの関が言う「彼ら(ヨーロッパ勢)の進め方をまるまるコピーするつもりもない。それぞれのよさを『いい所取り』しながら、ヤマハトータルとしてのベストを模索する」と、まるで示し合わせたかのように一致する。 ホンダとヤマハが共同戦線を張っているわけではない。しかし日本企業対欧州連合という図式の中で、それぞれに日本という国そのものが抱えている課題と向き合っている結果として、同じ言葉が並ぶのだ。