犬童一心監督が『インサイド・ヘッド2』の主人公、ライリーに贈りたい言葉「遠い未来のために“いま”を犠牲にする必要はない」
アニメーション映画史上最高の興行成績を記録し、世界的な大ヒットとなっているディズニー&ピクサー最新作『インサイド・ヘッド2』(公開中)。本作は、主人公ライリーの頭の中にある“感情の世界”を舞台に、感情たちが大冒険を繰り広げる『インサイド・ヘッド』(15)の待望の続編だ。前作からちょっぴり大人になったライリーは、新しい環境にも慣れ、充実した日々を過ごしている。しかし、成長と共に心が不安定になったライリーの脳内には、これまでの5つの感情、ヨロコビ、カナシミ、ビビリ、ムカムカ、イカリに加えて、新たにシンパイ、イイナー、ダリィ、ハズカシという4つの感情がやって来る。巻き起こる“感情の嵐”のなかで自分らしさを失っていくライリーを救うことはできるのか? 【写真を見る】犬童監督のお気に入りのピクサー映画は『カールじいさんの空飛ぶ家』!「ピート・ドクターと気が合うのかも(笑)」 MOVIE WALKER PRESSでは、映画監督や作家など、多種多様な分野で活躍する人々に、あらゆる視点から本作をひも解くレビュー連載を実施。『ジョゼと虎と魚たち』(03)、『メゾン・ド・ヒミコ』(05)などの人間ドラマから歴史大作『のぼうの城』(11)、人間と猫の温かな関係を描く『グーグーだって猫である』(08)など多彩な作品を世に送りだし、アニメーション作品も手掛けた経験を持つ名匠、犬童一心監督は、本作をどう観たのか。最新作を鑑賞し、「“13歳のいま”の重要性」を改めて感じたという犬童監督。高校生で初めて映画を撮影した自身の体験も回顧するきっかけになったという本作の感想をたっぷりと語ってもらった。 ※本記事は、ネタバレ(ストーリーの核心に触れる記述)を含みます。未見の方はご注意ください。 ■「作画が驚くほど緻密になっているんです」 ――まず最初に、本作に対してどんな感想を持たれたでしょう? 「一番はやはり、思春期は大変だということです。新しい領域に入る時期なので、とてもスペシャル。僕もいまはこうやって言語化できているけど、当時はそれを感じ取るだけだった。13歳の主人公ライリーも、自分が違うステージにいるということが“身体に入ってくる”というか“しみ込んで”きている」 ――ということは、そういう繊細な年ごろの子どもたちの味わう感覚がリアルに描かれていたということですか? 「この作品は“感情”をキャラクター化して描いているわけだから、そのテーマに一点集中していると言ってもいいくらい。普通の青春映画では、主人公が経験した“出来事”を描くことで思春期や青春を表すけれど、これは出来事よりも、その時主人公の心の中や頭の中がどうなっているのかということを描いている。だから、思春期特有のものすごくいっぱいいっぱいな感じがストレートに伝わって来る。前作の時は感情が5つ、今回は4つ増えて9つと数的にも増えているわけだし。もうフルスロットルですから(笑)」 ――前作からがヨロコビ、カナシミ、イカリ、そしてビビリ。今回はそれにシンパイ、ハズカシ、イイナー、ダリィの4つの感情が加わりました。 「彼らが加わったことで感情の動きや流れもより複雑になっているんだけど、それがちゃんとビジュアル化されている。現実世界の子どもたちの表情でわかるんですよ。ライリーをはじめとした人間キャラクターの表情が前作に比べ本当に豊かになっている。友人3人との会話のキャッチボールから生まれるリアクションがひとりひとりがとても細やかで、観客はちゃんと彼女たちの感情のグラデーションを読み取ることができる。目の瞳孔まで描写してますからね。作画が驚くほど緻密になっているんです。アニメーションでそういう表情を創造するのは実写よりも大変なはずです。おそらく、実際の俳優にそういう演技をさせたりして表情を探っていったんだと思います。 感情が増えたことをとても丁寧に上手に描いているから、9人の感情キャラクターが織りなすストーリーの大団円にも納得がいくし、とても気持ちいい。僕が1作目で新鮮だったのは、カナシミやビビリといった、いわばネガティブな感情を否定するのではなく、ヨロコビが彼らを受け入れるところでした。今回は、思春期らしくネガティブな感情が増えたけれど、前回同様、それを最終的に全部肯定するというストーリーにしている。これはとてもいいと思いましたね」 ■「遠い未来のために“13歳のこの時”を犠牲にする必要はない」 ――ライリーは今回、2人の親友が別の高校への進学を考えていることを知って、心が千々に乱れてしまいます。彼女としては一緒にアイスホッケーができると思っていたんですよね。 「いろいろとネガティブな感情を抱えているライリーが後半、アイスホッケーの練習試合の途中に過呼吸みたいになるじゃないですか?この症状は、彼女が次の段階に入ったことを意味しているんですが、その時彼女がプレイしていたアイスホッケー場に降り注ぐ光の粒子が変わる。思春期にはそういうこと、なにかが起きて世界が変わって見えるという瞬間があって、この作品ではそれを光の粒子の変化で映像化している。光が変わって、世界がもっと奥深く、自分にとって大きくなるというような感覚。ライリーはその時、ネガティブだと思っていた感情をも自分のなかに引き入れることができるんですが、このアニメーションはその感覚をちゃんと言語化し映像化しているんです」 ――だからこそ、みんなにも伝わるという感じなんでしょうか。 「僕は、『ライリー、こんな美しい光、40歳になったらどこを探しても見つからないよ』って教えてあげたくなったくらいで(笑)」 ――前作ではヨロコビが司令部のメインとして活躍していましたが、今回は新しい感情のシンパイが奔走しています。 「本作の感情のメインキャラクターはシンパイですよね。なぜシンパイ=不安が生まれるかというと、未来を考えてしまうから。幼い時は普通、未来のことなんて考えないので前作にはいなかった感情です。でも、思春期になると先のことを考える、考えてしまう。いまや年寄りの僕が思ったのは、遠い未来のために“13歳のこの時”を犠牲にする必要はないということ。アイスホッケー場のとても美しい光のなかにいるのに、将来、いい仕事に就くといった不明瞭な未来のために、その美しい瞬間を手放す必要はないんじゃないの?ということです。おそらく本作のクリエイターたちも僕と同じような気持ちで、この“光”を創造したんじゃないでしょうか」 ――犬童監督がそう思ったのは、自分の思春期を思い出したからですか? 「そうですね。そういうことに僕が気づいたのはやはり思春期の14歳のころだったんです。僕はその年齢で新しい世界へと足を踏み入れた。具体的に言うと、映画館に通うようになり、少女漫画に出会ったんです。子どものころから映画は大好きだったんですが、ひとりで劇場で映画を観るようになったのはこの年ごろ。親には内緒で、『ぴあ』を片手に名画座巡りを始め、それまで観なかったような映画、(ベルナルド・)ベルトルッチの『暗殺の森』や『フェリーニのローマ』とかを観てましたね。 もう一つ、僕に大きな影響を与えた少女漫画、初めて読んだのは萩尾望都さんの『トーマの心臓』だったんですが、本当に偶然、手に取ったという感じ。衝撃的でした。『少女漫画界にはこんなすごい作家がいるんだ』と気づき、それから大島弓子さんや山岸凉子さんを読み始めた。彼女たちの漫画を読んで驚いたのは“いまが重要”ということを描いていたからです。それまで僕が親しんでいた少年漫画のほとんどは、未来のためにいまがんばって闘っているという物語。昔のほうがより家父長制社会だったからその色が相当濃厚だったんじゃないかな。目的のためにいまを犠牲にしろ。そうすれば最終的に夢は叶う、そんな話ばかりですよ。それに対して少女漫画は“いま”なんです。“いまその時”に少女が見ている世界が重要なのだと語り掛けるんです。僕はそれにとても影響された。僕の作品はその影響下にあり、いまだに抜けられないでいる。同世代の監督で言うと、岩井俊二さんもそうだと思う。彼はくらもちふさこさんが好きだったんじゃないかな。僕は大島弓子さんが大好きなんですけどね。 つまり、なにがいいたいかというと、本作のクリエイターたちは、そういう僕と同じ感性を持っているんじゃないかということ。思春期の捉え方、根本的な考え方がとても近いように感じました。ライリーの場合は、そのきっかけがアイスホッケーの今回の試合で、僕の場合は映画館通いや大島弓子だったというだけ。それぞれが思い当たるふしがある。これは、そういう自分の思春期を思い出させてくれるアニメーションだと思います」 ■「あらゆる世代に訴えかける、まさに全方位のアニメーションですよ」 ――1作目のラスト、“思春期”と書かれたボタンが出てきて「これはなに?」みたいなセリフがある。それに応えて生まれたのが本作なら、次回作もありそうですね。 「次はきっとライリーが17歳ですよ(笑)。そう限定しちゃったのは、僕が初めて映画を撮ったのが17歳だったから。17歳の春休みに8mmで映画を撮り始めた。それは自分にとっては次の領域になる。“これは僕の遺書、17歳の僕をこの映画に閉じ込める”というような覚悟をもって撮り始めたんです。少女漫画の影響で1977年の7月17日の一日だけを映画にすると決めていました。この日はキャンディーズ解散コンサートの日、事務所にも告げず抜き打ちで『解散する』と発表して(笑)。ちなみに僕のこの作品、『気分を変えて?』というタイトルなんですが、ぴあフィルムフェスティバルに入選したんですよ。 『インサイド・ヘッド2』を観て思い出したのはその短編を撮影していた時に感じたアスファルトの熱さです。夏真っ盛り、撮影中、立入禁止の道路、喉が渇き、疲れてそのアスファルトの上にごろんと横になった時、背中から伝わってきたあの熱。最悪の状態にもかかわらず、最高だと思ったんです。まるで自分が世界とひとつになったような感覚。それってライリーが、あのアイスホッケー場の光に入っていく感覚と似ているんじゃないかなって」 ――ついいろんなことを思い出してしまうんですね。 「すでに思春期を通り越した人たちは、『そうそうこんな感じだった』と、そういう経験を感覚的に思い出すし、当然、ライリーと同世代のティーンエイジャーは自分と重ねて『その気持ち、わかる!』と思う。近い将来、彼女の年齢になるだろう子どもたちも、『こういう経験が待っているんだ』と思うかもしれない。あらゆる世代に訴えかける、まさに全方位のアニメーションですよ」 ――最後に、犬童監督のお好きなピクサーアニメーションは? 「『トイ・ストーリー』など、初期の作品も好きなんですが、1本となると『カールじいさんの空飛ぶ家』かなあ。カールじいさんのキャラクターがよかった。おそらくスペンサー・トレイシー(『老人と海』などで知られる往年の名優)をモデルにしているんだと思うんですが、日本で実写化するなら山崎努さんが演じるといいなあ、とかね。一番、感心したのは省略というか話の飛ばし方です。無数の風船を家に括りつけて飛び立つのに、風船の調達等の準備シーンはナシですから。そういうことをやって違和感がないのは、観客とのコミュニケーションが上手いからなんだと思います」 ――『カールじいさん~』の監督は本作の製作総指揮で、1作目の監督を務めたピート・ドクターですよ。 「そうなんだ。僕と気が合うのかな(笑)」 取材・文/渡辺麻紀 ※山崎努の「崎」は「たつさき」が正式表記