テニス八百長事件の背景と、賭け会社が大会スポンサーの矛盾
この年のジョコビッチは年初の全豪でベスト16まで進出し、今の賞金なら19万3000 豪ドル(約1600万円)が入ったはずだが、当時は6万2780ドル(約740万円)にすぎなかった。 グランドスラムの賞金はこの10年でうなぎのぼりなのだ。また、八百長を持ちかけられた大会は10月のサンクトペテルブルクで、結局ジョコビッチは出場しなかったが、この大会で優勝したアンディ・マレーが手にした賞金は14万2000ドル(約1200万円)。ジョコビッチが提示されたという額より少ないのだ。 今や生涯獲得賞金が1億ドル(約120億円)に達しようかというジョコビッチだが、当時なら決して安い金ではなかったのかもしれない。また、その年、20歳にしてウィンブルドンでベスト4、全米オープンで準優勝したジョコビッチは将来の王者候補として大いに注目されており、持ちかけた人間、組織にとっては優勝賞金以上の報酬を支払ってでも「元は十分にとれる」だけの金が動くはずだったことが推測できる。 何年か前にロジャー・フェデラーが選手会の会長を務めていた頃、賞金の底上げを強く要求し、それが反映されてきた背景がある。当時、「トップ選手の賞金の総額よりも、グランドスラムの1、2回戦レベルの選手たちが安心してキャリアを続けていけるような賞金を実現させなくてはいけない」という主張を聞き、なんという心優しい人なのかと感動したものだが、今にして思えば、それだけではなく「そうしなければ腐敗が広がる」という危機感があってのことだったのかもしれない。 ただ、一方でテニスは賭け自体を排除しているわけではなく、かつては合法のブックメーカーがこの全豪オープンの会場内にあったほどだ。それがダビデンコ事件を受けて会場からは撤退。しかし、今もこの大会のスポンサーの一つは『ウイリアムヒル』というオンライン・ベッティングの会社なのだ。テレビ中継の合間にも「さああなたも賭けてみよう」というようなコマーシャルが入る。 ダブルスタンダードにもほどがある------。強まる指摘にテニス界はどう答えを出していくのだろうか。 (文責・山口奈緒美/テニスライター)