【試乗記】薄汚れるほど実験進むリニア中央新幹線、毎日2000kmの試験走行で「もうここにある未来」
■ トンネル工事をいかにしやすくするか リニアは険しい山の中を通ることになっていて、そのためトンネルが多用されている。同じ山にトンネルをうがつなら、標高が高いほうがトンネルが短くて済み、建設工事はしやすい。そこで山登りを要請されているとのこと。 だが結構きつい勾配であっても、リニアはぐんぐんと速度を上げてゆく。リニアモーターの強烈な推進力を実感した。 強力な加速を生み出すのがリニアモーターだ。これは車体側と、軌道側のコイルで構成される。 車体側には超伝導コイルが付いている。この超伝導体の材料はイットリウム系やビスマス系の酸化物超伝導体ということだ。もう30年以上前になるが、私が大学で物理を学んでいたころに、次々に発明されて高温超電導体の臨界温度の高温記録を塗り替えていた材料だ。 その後、技術開発が進んで、ついにリニアでも実用化されることになった。こうした最先端技術が、新幹線で培った既存の技術と組み合わさって、リニアというイノベーションが進んでゆく。 リニアモーターを構成するもう一方の側は、コンクリートの箱できたリニアの軌道の左右に張り付けられたアルミのコイルである。これには推進用のコイルと浮上用のコイルがある。 車体も主にアルミでできているから、アルミを敷き詰めた上で、アルミの車体が浮上して飛んでいく感じだ。こう考えると、ハイテクいっぱいの高尚なリニアが、なんだかアルミホイルの上をビール缶が飛んでいくような、どこぞの野外バーベキュー風景みたいな、安直なイメージになってしまった(この方が親しみは持てるが)。 電力は、東京電力の送電線から、リニア専用の変電所を介して供給される。リニア実験線の乗り場からすぐ見える変電所がそれだ。大雑把には、周波数がリニアの走る速度に比例し、リニアを動かすエネルギーは電流に比例するとのこと。
■ 安定した電力供給をどう確保するか もとよりモーターの制御にはさまざまな方式があって、それぞれ周波数や電流を調整して制御する。だからリニアでもそのような制御をするのはまあ当たり前なのだが、こう聞くと、リニアモーターとは形状は直線的(リニア)だけれども、まさに「巨大なモーター」なのだなあ、ということが実感できた。 CO2排出はどうかというと、飛行機に比べると、1人を1キロメートル運ぶのに3分の1ぐらいで済むと試算されている。ただしこれは新幹線に比べるとだいぶ悪くなる。このあたりは高速化するための宿命でもある。 リニアの電力消費は、多くの車両が同時に時速500キロで走行するピークにおいて、東京・名古屋間開業時で27万キロワット、東京・大阪開業時は74万キロワットになると試算されている。 74万キロワットといえば小さめの原子力発電所1つ分ぐらいになる。これは、この地域の電力供給全体からみればさほど多くはないけれども、それなりの規模ではある。 昨今はAIのためのデータセンターや半導体工場のためとして安定した電力供給が必要とよく言われるようになったが、リニアのためにも安定した電力は必要だ。 リニアは、かつては東京・名古屋間の開業は2027年と見込まれていたが、これは延期されることとなった。いま建設工事が特に遅れているのは、静岡工区である。2017年に工事契約を開始したが、いまだ工事に本格着手できていない。水問題や環境問題を理由に静岡県川勝平太元知事が建設に強硬に反対してきたためだ。今年になって、同知事が辞任し、鈴木康友氏が知事になってからは、環境問題についての協議も進んでいる。 本稿で紹介したように、リニアは、技術的には、未来のものではなく、もう今ここにあるもので、薄汚れるぐらいまで走り込んでいる。早期の工事完了、そして開業が待ち遠しい。
杉山 大志