塩野瑛久、『光る君へ』一条天皇は役者人生を変えるハマり役に 秀逸で繊細な感情の揺らぎ
NHK大河ドラマ『光る君へ』で塩野瑛久演じる一条天皇は、『源氏物語』の登場人物に自分の心情を重ね、物語の展開に関心を寄せている。作者のまひろ(吉高由里子)に聞かずにはいられないほど、物語の世界に入りこんでいるとも言える。 【写真】ついに彰子(見上愛)を抱きしめた一条天皇(塩野瑛久) 物語には、冒頭から一条天皇と定子(高畑充希)を思わせる人物が描かれている。桐壺帝は数多くいる妃の中で桐壺更衣だけを愛したが、その一途な愛がほかの妃たちの嫉妬をあおり、桐壺帝との間も生まれた光源氏が3歳になった夏に亡くなってしまった。更衣が亡くなった後の帝は悲しみのあまり政も疎かになり困ったものだと人々が嘆く……とある。 聡明な一条天皇は批評と批判、それに加えて悪口の区別がつき、蔵人頭として一条天皇に仕える藤原行成(渡辺大知)から「好文の賢皇」と称されるなど、優秀で学ぶことが好きな人。読み始めたときは自分への批判かと思われたが、読み進めるうちに、まひろの物語の世界観にすっかり魅了されたのだった。 中宮・彰子(見上愛)が『源氏物語』を読むと主人公・光源氏のように輝いて見える一条天皇。確かに、その雅な横顔は孤高のプリンスという呼称がピタリと当てはまる。この上なく上品な帝は眩しく、その心には誰であろうと簡単に踏み込めそうもない。 第35回「中宮の涙」で、まひろには自分の心のうちを少しずつ見せ始めた中宮・彰子だったが、まひろと話しているときに一条天皇が偶然現れ、涙ながらの直球の告白をして彼の心を動かした。驚き、「え?」と表情が固まってはいたが、引いてはいなかった。引くといえば、道長(柄本祐)が彰子の懐妊祈願のために命がけで御嶽詣をしても、一条天皇としては「そこまでするか?」と引いていた。 彰子の母として倫子(黒木華)が以前、一条天皇に対面したときも「出過ぎたことと承知のうえで申し上げます。どうかお上から、中宮様のお目の向く先へお入りくださいませ。母の命を懸けたお願いにございます」と願いを聞いて驚きを隠しつつ「そのようなことで、命を懸けずともよい」と、やはり引いていた。 7歳で即位し、天皇という特殊な役割の中で生きてきた一条天皇。兄弟はなく、母の詮子(吉田羊)は厳しく、甘えさせてくれる存在ではなかった。周囲は天皇という立場の自分に対して政治に利用したり、命がけの願いごとを投げかけたりして、自分でも理解はしつつ、さまざまな葛藤を抱えて生きてきたのだろう。 幼い頃から寄り添うようにそばにいてくれた中宮・定子を特別な存在として、強く愛するようになったのは、一条天皇にとって自然なことだったのかもしれない。 一条天皇と定子の楽しく幸せな時間がどれほど貴重で、華やかなものだったか……。清少納言(ファーストサマーウイカ)が、その輝くような日々を『枕草子』に収めているが、一条天皇にとって『枕草子』が光だとすると、登場人物に共感し、それぞれのエピソードが心に刺さって物語の真意を作者に尋ねずにはいられない『源氏物語』は心の闇をも描く影の物語ともいえるのかもしれない。 塩野瑛久は、ただ高貴で美しいだけではない、一条天皇の葛藤や苦悩、人間らしい感情の揺らぎを繊細に表現していてきている。彰子の突然の涙と「お上! お慕いしております!」という告白に動揺を隠し、「また来る」とその場を去ったが、改めて彰子と向き合い、「さみしい思いをさせてしまってすまなかったのう……」という言葉が優しく響く。 激しくも一途に愛を貫こうとした定子への思いとは別に、周囲を気遣い自分の思いを心に留めてきた彰子への新しい愛情が芽生えた尊い瞬間もまた美しかった。 俳優・塩野瑛久にとって本作の一条天皇役は素晴らしいほどのハマり役であると同時に、大きなステップアップにつながる重要な役柄となったはずだ。注目しないわけにはいかない。
池沢奈々見