<春風を待つ―センバツ・宇治山田商>父・祖父亡くした小泉蒼葉捕手 息子たちの夢、母支え 甲子園、成長した姿に胸熱く /三重
センバツで宇治山田商は2回戦で中央学院(千葉)と対戦し、6―7で惜しくも敗れ、初の8強入りはならなかった。7点差からの猛追を見せたチームで、攻守の要として活躍した4番・捕手の小泉蒼葉(2年)は、4年前に父と祖父を相次いで亡くした。母和代さん(50)は、小泉とその兄に野球を続けてもらおうとフラワーショップを営み、息子たちの夢を支えた。【原諒馬】 【写真で見る歓喜の瞬間】歴代のセンバツ覇者たち 小泉には、同校を今月で卒業した野球部出身の兄、凪璃(ながれ)さん(18)がいる。兄弟は2020年、父彰人さん(当時44歳)と和代さんの父で2人の祖父和彦さん(当時75歳)を、3週間に相次いでがんで亡くした。凪璃さんは中2、小泉は小6だった。 凪璃さんに、野球を始めるきっかけをくれたのは和彦さんだった。野球好きの祖父と、「甲子園に行く」と約束したが昨夏の三重大会決勝で敗れて果たせなかった。その願いを、一緒に野球を始め、山商では自分と同じ、4番・捕手の弟に託して引退した。 「アイラービューあおば!」 27日の中央学院戦。小泉が打席に立つと、アルプススタンドに、吹奏楽部の演奏で「君の瞳に恋してる」が響き、応援団が全力で声を出した。凪璃さんと同じ登場曲。息子たちが甲子園の夢を実現させたことに、和代さんの目に思いがけず涙があふれた。 彰人さんと和彦さんが亡くなった時、息子たちは落ち込む様子をあまり見せなかった。変わらずに野球の練習に通う様子に、和代さんは「野球に打ち込んでいることが、二人にとって心の支えになっているのかもしれない」と感じた。 育ち盛りの子ども2人を残し大黒柱を失った家計は、楽ではなかった。2人が野球を続けられるよう、和代さんは「自分がしっかりしなければ」と身を粉にした。午前5時に起き、2人の弁当と朝食を用意して、9時から花の市場の競りに行く。店に立ち、閉店後に急いで夕飯の準備をした。 試合には負けてしまったが、和代さんは甲子園で息子の着実な成長を感じた。凪璃さんは野球関係の仕事を、小泉は救急救命士を目指す。それがかなうまでは、支え続けようと思っている。試合から一夜明け、小泉は「ここまで成長できたのは母のおかげでもある。甲子園の舞台で恩返しができたならよかった」と語った。 〔三重版〕