ゴールドマン出身者が語る「信頼できるファンドの探し方」
アスリートでありながら投資家としても活躍している「アスリート投資家」たちに、自らの資産管理や投資経験を語ってもらう連載「アスリート投資家の流儀」。 コントラリアン(逆張り投資家)として知られる5兆円を運用する英国の投資ファンド「オービス・インベストメンツ」の日本法人社長であり、サッカーU-20チャイニーズ・タイペイ(台湾)代表、同フットサル代表として活躍した経験のある時国司さんの最終回になります。30代になってから大好きなサッカーの世界に再び戻り、台湾フットサル代表として2016年2月のAFCフットサル選手権(ウズベキスタン)に参戦した時国さん。 当時から投資ファンドのオービス・インベストメンツで活躍しており、同年5月には史上最年少で日本法人社長に就任。彼こそがアスリートと投資家の二足の草鞋を邁進した人物だと言っても過言ではないでしょう。 フットサルは日本に戻ってからも継続し、Fリーグでもプレーしたものの、現在は社長業に専念しています。 2020年のコロナ禍以降、世界のマーケットは劇的に変化しています。2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻の影響も大きく、先行き不透明な部分も少なくありません。そんな時代に私たちはマネーや投資にどう向き合うべきなのか、アドバイスをいただきました。 ■過熱するS&P500は「割高」だ ──サッカーと投資を長く掛け持ちされた時国さんから見て、日本人アスリートのマネーに関する向き合い方をどう見ていますか。 時国:プロ野球選手やJリーガーのようなプロスポーツ選手にとって、お金は非常に重要な要素。とはいえ、そこまで深い知識を持っている人はそう多くない印象を受けています。マネーに関する学びを得る機会も少ないのが現状でしょう。 僕は資産運用はしたほうがいいと思います。ただ、個別株というのは非常に難易度が高いですよね。投資の神様といわれるウォーレン・バフェットでさえ、成功率は6割未満といわれるのですから、素人がいきなり儲かる銘柄を見つけようとしても容易ではない。 大学の経済学部などで財務諸表の読み方を勉強されたような人なら、企業分析の一端を理解できるかもしれませんが、やはりリスクが高いと言わざるをえないですね。 ──であれば、投資信託などはどうでしょうか? これまでご登場いただいたアスリート投資家には、S&P500に連動した投資信託などが人気のようです。 時国:投資信託などのファンドに関しては、確かに有望なものもあります。僕が専門家として見る限りだと、将来有望なものが2割、あまりおすすめできないものが8割でしょうか。ファンドを見極めるうえでの重要ポイントは、(1)運用能力と(2)組織哲学です。その両方が確実にあれば、大いに可能性があると考えます。 S&P500に連動したファンドに関して言うと、僕の目線では今はリスキーだと感じます。アメリカ株がかなり割高になっているという印象を受けるからです。 S&P500はアルファベット( GOOGL )、アップル( AAPL )、メタ・プラットフォームズ( META )、アマゾン・ドットコム( AMZN )、マイクロソフト( MSFT )、テスラ( TSLA )、エヌディビア( NVDA )というマグニフィセントセブンと呼ばれる7社が上位銘柄を占めています。みんながそこにフォーカスするので、現状、アルファベット( GOOGL )を除いては、実際の価値よりも割高になっていると思うのです。 ■引退間近の「メッシ」に投資するべきなのか ──時国さんは多くの人が注目する銘柄は「逆に危険だ」と考えるんですね。 時国:そうですね。多くの人が注目する人気銘柄は、価格が高くなりがちだからです。投資をする際、見なければならないポイントは、突き詰めると2つしかありません。「価値」と「価格」です。テレビやニュース、ユーチューブ、投資本など全般に言えることですが、人は価格ばかりに目を向けがち。価値の話は難しいので、あまり表に出てきません。しかし、投資の本質は会社の価値にこそあります。 100の価値があるA社の株価が50だとしたら、その会社は「割安」ということになりますので、投資として儲かる可能性が高いといえます。逆に、100の価値があるB社の株価が100以上だったら「割高」ですよね。それ以上儲からないということになります。 今のマーケットでは、株価が上昇していて割高なB社のほうが注目されている状態。価値が一定ならば、株価の上昇は投資先としての魅力度をむしろ下げますよね。 サッカーに例えると、台湾フットサル代表を引退して7年が経過する42歳の僕の「価値」が10円、現在もアルゼンチン代表でプレーしている37歳のメッシは100億円だとします。 僕を5円の「価格」で獲得できるとすると、10-5=5で5円儲かりますよね。ただ、メッシに100億円を支払ったら、100億円-100億円=利益はゼロです。言い換えると、「良い会社=良い投資先」ではないのです。 それでも今はみんな高額を払いたがる、そういう状況だと整理できます。 ──おっしゃることはわかりますが、価値の分析というのはハードルが高いです。 時国:そうですね。企業価値の査定で言えば、売上高や利益率、自己資本比率、現金同等物などさまざまな指標を見て、仮説を積み上げることが必要になってきます。 われわれの会社では4年後を想定して35人のアナリストが日々、企業を多角的に見ています。彼らは厳選された人材ばかりですし、高い能力を駆使して独自の知見や経験を蓄積しています。 そうした中、僕から1つ言えるのは、(1)業績成長企業、(2)応援したい企業、(3)国の成長率などの観点に頼って投資して成功を得るのは難しいということですね。 例えば、(3)に関して言うと、国の成長率と株価推移の相関係数は0.12しかない(無相関)ことがわかっています。つまり、国が成長しているからといって、該当国の企業の株価が上昇するとは限らないということです。 最近では「インドや南アフリカなどの発展途上国が急成長している」と言われ、インド関連の投資信託などが流行しています。ただ、「国の成長率と株価推移の相関関係は極めて低い」という事実も踏まえながら、投資と向き合っていくべきだと思います。 ■本当に「信頼できるファンド」の選び方 ──初心者が参考にすべき文献などはありますか。 時国:読んだほうがいいと言い切れるのは、『証券分析』(ベンジャミン・グレアム、デビッド・ドッドの共著)という約1000ページにおよぶ本です。バフェットも「私が70年間従っている投資の指針」と述べている書籍で、投資本の最高傑作とも言われます。 ただ、日本語版は100%完璧とはいえないので、原書で読むほうが間違いないでしょう。内容的にも難しいですけど、そういった基礎と真剣に向き合ってこそ、投資というものを理解できるのかなと僕は考えています。 サッカー選手もしっかり基礎練習をして、ウォーミングアップをしてから試合に出ないと活躍は難しい。ましてや、まともにボールを蹴ったことがないのにいきなりJリーグの試合に出たら、どんな惨状が待っているか、想像に難くないですよね。 なぜ投資だといきなりプロの試合に出て活躍できると思えるのでしょうか。日々、企業情報と向き合っている投資の専門家たるアナリストと同じ土俵に立つというのは、それなりの心構えと準備が必要ではないでしょうか。 ──難易度が高いのはよくわかりました。それでも投資を学びたいという人は何からはじめたらいいでしょうか。 時国:個別株はハードルが高いので、信頼できるファンドを見つけるのもひとつの手です。 運用能力は言わずもがな高くないと始まりません。ただ、それ以上に組織哲学が重要です。必ずしも過去に高い運用成績を残しているファンドの将来性が高いとはいえません。どのような組織哲学を持って運用しているのか、ということが伴ってこそ、運用成績の継続性が担保されます。 サッカーでも大金を投じて有名選手ばかり集めても勝てるとは限りません。2023年のJリーグで優勝したヴィッセル神戸は、奇しくも推定年俸30億円ともいわれていたアンドレス・イニエスタ選手(エミレーツクラブ)が去ってからのほうが強くなりました。 投資先を見極めるうえでも同じで、単に短期的に成果を上げているファンドを選んでもその後も同じ成果を得られるかはわかりません。それよりはファンドが語っている投資哲学及び組織哲学が盤石なのか、を重視すべきでしょう。 いずれにしても、やりながら学んでいくことは大切。いきなり儲けようとせずに、投資を知るところからはじめることが肝要です。 時折、サッカーに例えながら、時国さんは投資の心構えを熱く語っていました。専門家の見解は厳しいですが、それくらい難易度の高いトライであることを今一度、頭に入れておいたほうがいいかもしれません。 ただ、何事も実際にやってみなければ学びはありません。時国さんもアドバイスしている通り、勉強のつもりで少額からスタートすることが第一歩ではないでしょうか。 元川 悦子(もとかわ・えつこ)/サッカージャーナリスト。1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、1994年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。著書に『U-22』(小学館)、『初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅』『「いじらない」育て方 親とコーチが語る遠藤保仁』(ともにNHK出版)、『黄金世代』(スキージャーナル)、『僕らがサッカーボーイズだった頃』シリーズ(カンゼン)ほか。 ※当記事は、証券投資一般に関する情報の提供を目的としたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。
元川 悦子