アパートの全住人を退去に追いやった借主「迷惑行為はしていない!」と非を認めず…困り果てた貸主が〈賃貸契約の解除〉を求めて訴訟した結果【弁護士が判例解説】
借主は「住民とトラブルを起こさない義務」がある
【弁護士の解説】 本件は、東京地方裁判所令和3年6月30日判決の事例をモチーフにした事案です。 居住目的の賃貸マンションやアパートにおいては、各入居者が平穏にその住居で居住できる環境にあることが重要です。 したがって、賃借人が賃貸借契約上負うべき付随的義務として、正当な理由なしに近隣住民とトラブルを起こさないように努める義務を負っていると解釈されています。 この賃借人の義務は通常は契約書で定められている場合が多いですが、仮に契約書で定められていなかったとしても住居目的の賃貸借契約の性質から当然に導かれるものといえます。 以上により、もし賃借人が他の住民に対して迷惑行為を行ってトラブルを生じさせた場合には、賃借人としての債務不履行(契約違反)に該当することとなりますので、賃貸人としては契約違反を主張して契約を解除できれば退去してもらうことが可能ということとなります。
借主の「契約違反」の立証に役立った3つの書面
しかし、賃貸借契約の解除においては「信頼関係破壊の法理」が適用されますので、契約の解除が認められるためには、契約違反の程度、すなわち迷惑行為の態様が、賃貸人と賃借人とのあいだの信頼関係を破壊する程度のものであることが必要です。 このため、裁判となった場合には、 どの程度の迷惑行為がどの程度の期間・回数発生していたのか迷惑行為によって、どのような結果(悪影響)が生じたのか迷惑行為に対して賃貸人側はどのような対処をしていたのかという点が問題となりますが、これらについては解除の可否についての明確な基準がないため、公表されている裁判例を調査して、その傾向を探っていく必要があります。また、賃借人の迷惑行為を賃貸人側としてどのように証明するのかという点も問題となります。 本件がモチーフとした東京地方裁判所令和3年6月30日判決の事例は、賃貸人側からの契約違反に基づく無催告の解除が認められた事案ですが、裁判所はその理由について以下のように判断しています。 (1)「被告は、なんら合理的な理由がないにもかかわらず、夜中や明け方に他の居室を訪問し、インターホンを鳴らす、玄関ドアをたたく、玄関ドアを勝手に開けるなどの行為におよんだものであり、『粗野又は乱暴な言動により、他の入居者に迷惑・不快の感を抱かせるおそれが明らかな場合』といえるから、本件賃貸借契約の約款12条4号の解除事由があるものと認められる」 (注:約款12条4号は、賃借人の粗野または乱暴な言動により、他の入居者に迷惑・不快の感を抱かせるおそれが明らかな場合に、賃貸人は、賃借人に対してなんらの通知・催告を要せずに本件賃貸借契約を解除することができる、と規定)。 (2)「また、被告が原告によるたびたびの注意に従わなかったうえ、被告の上記各行為によって、102号室および201号室がいったん空室または空室となる見込みとなり、サブリース業を営みオーナーと満室保証契約を結んでいる原告が損害を被ったことなどの上記認定の事実関係によれば、被告の上記各行為は、本件賃貸借契約における原告と被告との間の信頼関係が著しく損なわれる行為に当たるというべきである(なお、本件解除の意思表示後においても、被告による迷惑行為が継続し、令和2年3月29日には、本件建物の被告以外の全住人が退去したから、原告と被告とのあいだの信頼関係が著しく損なわれたままであることが認められる)から、本件賃貸借契約の約款15条8号の解除事由があるものと認められる」 (注:約款15条8号、賃貸人・賃借人間の信頼関係が著しく損なわれたと認めた場合は、なんら通知・催告を要せず直ちに本件賃貸借契約を無条件にて解除することができる、と規定) 本件では、迷惑行為の態様もさることながら、問題となった賃借人の迷惑行為により他室の賃借人全員が退去してしまったという悪影響の重大性も考慮すれば、契約の解除が当然に認められる事案だったと考えられます。 他方で、賃貸人側として、賃借人の迷惑行為をどのように裁判で立証するか、ということが問題となりますが、 本件では、賃貸会社の従業員が作成した「時系列」と題する書面および「クレーム管理」と題する書面、従業員の陳述書について、裁判所は「具体的な内容が記載されており、その内容に不自然または不合理な点もみられないから、信用することができる」と判断して、賃借人の迷惑行為が認められていますので、この点においても参考になる事例です。 ※この記事は、2024年9月2日時点の情報に基づいて書かれています。 北村 亮典 大江・田中・大宅法律事務所 弁護士