RTA走者による「AGDQ2024」アメリカ現地参加レポート。世界最大級のスピードランイベントは全てが壮大だった【特集】
2024年1月14日から21日にかけてアメリカ合衆国ペンシルバニア州ピッツバーグで開催されたスピードランのチャリティイベント「Awesome Games Done Quick 2024(以下、AGDQ2024)」。がんの早期発見と予防に取り組む慈善団体「Prevent Cancer Foundation」に向けられた寄付額は約250万ドルに上り、大盛況のうちに幕を閉じました。 【画像全12枚】 夏に行われる「Summer Games Done Quick(以下、SGDQ)」とあわせて年2回開催される本イベント。コロナ禍に始まったオンライン開催を経て、最近ではオンライン・オフライン混合のハイブリッド型開催が続いていましたが、この度、筆者・とんこつは日本人走者として4年ぶりとなる現地参加を果たしました。 会場となった25階建てのホテル全体が、北米スピードランコミュニティの熱気に包まれた夢のような一週間。本記事では、AGDQ2024現地参加のための事前準備から現地の様子にいたるまでの一部始終を、参加レポートとしてお届けします。 「AGDQ2024」走者応募編(本番4か月前~) 2023年8月末、AGDQ2024の開催に関する詳細が発表されました。同日に公開されたNMEによる取材記事の中で、創設者であるMike Uyama氏は、今後現地参加を重点的に受け入れる方針について明かしました。この方針を受けて、筆者は現地参加一本で応募することに。GDQのイベントには過去3度の参加経験がありますが、いずれも2020年以降、オンラインでの参加であったため、そろそろ現地参加の夢を叶えたいという強い思いもありました。 イベントへの応募は、GDQの公式サイト上で行います。一人あたりが応募できるゲームの枠は5つ。披露したいカテゴリと予定時間、自身のプレイ動画に最大500字の応募文を添えて、世界中のスピードランナーが思い思いのゲームで応募します。今回集まった応募の合計時間は、延べ3160時間21分(うち採用作品の合計は155時間15分)。特に倍率の高かったと推測されるオンライン応募の割合は公開されていないため、フェアな見積もりはできませんが、単純計算では20倍以上の競争倍率だったことになります。 (画像は Awesome Games Done Quick 2024 - All Submissions より) これだけ高倍率の選考が行われるとなると、気になるのはその選考基準です。評価基準の一部は応募ガイドライン内に具体例が挙げられており、タイムや順位が世界記録から離れているかどうかや、そのスピードランの魅力が多くの観客に伝わるかどうか、といった点が考慮されることが明記されています。 また、運営内には膨大な応募を目を通すための選考チームが存在しており、専門のスタッフを含む多くの運営メンバーがゲームリスト選定に携わります。近年では、落選したゲームの走者に対して、選考チームの評価をフィードバックしようという取り組みも。このような選考プロセスの透明化に向けた動きは、狭き門を突破して当選を掴み取ることを目指す走者側からすると非常にありがたいものです。 事前準備編(本番3か月前~) 約1か月の選考期間を経て、迎えた当選発表の日。発表されるゲームリストは上からアルファベット順に並んでいるので、自分が応募したゲームの順番近くまで来ると、画面をスクロールする手の動きも自然とスローダウンします。今回は『スーパードンキーコング』の欄に自分の名前を発見すると、歓喜で一気にスクロールした画面の中で『マリオ&ルイージRPG』の当選も確認。嬉しい2作品での参加が決まりました。 この時点でイベント開幕まで3か月。慌ただしい準備期間がスタートします。準備にあたって参考になったのは、過去の日本人GDQ参加者の体験談や、格闘ゲームの祭典「EVO」などのゲームイベントのための渡米レポートでした。レポートによれば、2010年代後半には合計30万円前後の費用でアメリカのイベントに参加できたようですが、近年の円安の影響もあり、最終的に今回筆者が使った費用は8泊10日の旅程で50万円ほどでした。 当選発表から1週間後にゲームスケジュールが発表されると、その4日後にはホテルの予約受付と参加登録が始まります。会場となるWyndham Grand Pittsburgh Downtown(旧称:ヒルトン ピッツバーグ)は、25階ある客室の大部分がGDQ関係者のために確保され、参加者は団体割引料金(一泊一部屋150ドル前後)で予約できます。イベントの全期間にわたって滞在したい気持ちもありましたが、経済面と仕事の都合を考慮して、今回は出番終了後にあたるイベント6日目に帰国する旅程を組みました。 参加登録にあたっては、ワクチンの接種証明と顔写真付きID(パスポート等)の提出が求められます。必要な登録料は85ドルですが、走者は無料です。登録された走者や観客には専用のネームパスが発行され、これを首からぶら下げておくことで参加者専用エリアに出入りできる仕組みです。 その他の一般的な海外旅行の支度を進める傍ら、万全の状態でスピードランを披露するための下準備も欠かせません。自ら英語で解説しながらプレイするのが困難な筆者にとって最も優先度が高いのは、現地解説者の調整です。幸い『スーパードンキーコング』については北米在住のプレイヤーが多く、オンラインで長く交流のあったカナダ人走者2名が解説者として決定しました。 一方『マリオ&ルイージRPG』は現役の走者が少ないこともあり、解説者の調整が難航しました。当てにしていたアメリカ在住の走者からの返事は、オンラインでのみ参加可能というもの。AGDQ2024では、解説者のオンライン参加も認められてはいるものの、運営チームに対して事情を説明して承認を得る必要があります(現地解説と比べてスタッフの負荷が上がるためと考えられます)。ルール通りにメールで事情を説明し、オンライン解説が認められたことで一件落着。 また、英語以外にも複数の言語によるリストリームが同時に行われるGDQでは、他言語の解説者に情報を提供するためのフォームが用意されており、走者は自分が披露するスピードランの詳細をそのフォームに記載します。とりわけJapanese Restreamに関しては、国内のRTAイベントで解説を依頼したことのある方々に、今回の日本語解説を予めお願いし、日本の視聴者にもプレイ内容が最大限伝わる体制を整えました。 解説者の調整が終われば、後はプレイングの質を高めるのみ。『マリオ&ルイージRPG』は2022年に「RTA in Japan」で披露して以降1年以上のブランクがありましたが、その間にSwitch Onlineバージョンが新たに登場。強烈なグリッチを多用する本作のスピードランでは、進行不能となるリスクを抱えて進む場面が多いため、もしもの時に(本来はルール上認められていませんが)巻き戻し機能が保険として働く点に期待して、従来のプレイ環境であるゲームボーイプレーヤーから乗り換えました。コントローラーが変わることへの対応には苦慮しましたが、本番中のメンタル面への好影響は大きく、結果的には良い選択だったと思います。 『スーパードンキーコング』では、元々採用されたカテゴリ「101%(完全クリア)」のアップグレードに関する「インセンティブ」を提出しました。ここでいうインセンティブとは、寄付の動機付けとなるような追加要素のことです。今回筆者が用意したのは、一定の寄付額が集まった場合にボスを逆の順番で倒しながらゲームクリアする(Reverse Boss Order)というもの。 本作は、完全ステージクリア制のゲームでありながらも奇抜なグリッチの活用でボス逆順クリアが可能となっています。達成度不問の、いわば“普通の”「Reverse Boss Order」については広く研究が進んでおり、以前のGDQでも披露した経験があります。一方で、完全クリアしながらの「Reverse Boss Order」は未開拓な部分が多く、一から攻略順を構築する必要がありました。他では使わないテクニックも多数活躍するため、このインセンティブが採用されれば必要な準備の量は2倍になる程度で済まないことは明らかでしたが、それでもGDQのチャリティ活動に少しでも貢献できれば、との思いでインセンティブを提出しました。 インセンティブの選考は、ゲームリストの選定から完全に切り離されて行われます。「Reverse Boss Order」インセンティブの採用が決まったのは、本番1か月前のことでした。ちなみに『マリオ&ルイージRPG』の方も寄付額に応じてグリッチを披露してもらえないかと打診されましたが、ただ走るだけで見た目のインパクトが強すぎるため、それを超えるものを見せられないという理由で残念ながら見送りに。 (画像は Mario & Luigi: Superstar Saga by Tonkotsu in 1:20:42 - Awesome Games Done Quick 2024 より) 渡米編(本番2日前~) 出国の日は、初日の出番から時差ボケを考慮して逆算し、イベント2日前に設定しました。羽田空港では、マイナス10度を下回るピッツバーグの厳しい寒さに備えて防寒着を買い込みました。長いフライトに備えて、過去のGDQ動画などを鑑賞用にオフライン保存していましたが、10年前に流行したパズルゲーム「2048」が機内のモニターで遊べることを発見すると、時間を忘れて「4096」完成RTAに没頭してしまいました。RTA走者の悲しい性です。アトランタでの入国審査と乗り継ぎを済ませ、目的地のピッツバーグに到着したのが同日の夜。日本との時差は14時間あります。初日は空港近くで宿泊予約を取っていたため、無料のシャトルを利用してホテルへ。結局この日は機内で4時間、ホテルで6時間寝ました。 イベント前日はバスで会場のホテルに移動。チェックインと受付を済ませて夕方ごろ会場入りしました。会場に入ってまず驚いたのが、カジュアルゲーム部屋のモニターの数の多さです。数えきれないほどのゲーミングモニターに加え、この令和の時代に30台近くのブラウン管TVも用意されています。この日の夜になると参加者が続々とこの部屋に集まり、多くの交流が生まれる拠点となっていました。 部屋の奥には、日替わりでいろいろなゲームの1面のタイムアタックに挑戦できるブースや、『ストリートファイター6』をはじめとする様々なトーナメントが開催されるスペースも。また、走者用の練習場所はこことは別に2部屋用意されており、出番前のコンディション調整や解説者との打合せに活用できます。筆者もこれらの部屋で前日調整を済ませ、興奮する気持ちを無理やり鎮めて眠りにつきました。 「AGDQ2024」本番編(開催当日~) 1月14日午前11時、いよいよAGDQ2024の開幕です。最初のプログラムであるプレショー開始までの時間がスクリーンに映し出されると、観客席からは自然とカウントダウンコールが沸き起こり、会場のボルテージはいきなり最高潮に。筆者の出番は開幕から3番目だったので、最初の作品が始まるとすぐに舞台横の控室へと呼び出されました。オープニング前後に公開された『スーパードンキーコング』のインセンティブも、8000ドルの目標寄付額をあっという間に達成。「101% Reverse Boss Order」へのカテゴリアップグレードがこのタイミングで決定しました。 AGDQ2024のステージは左右2つのブースに分かれており、同じ走者環境が2組用意されています。片方でスピードランが進行している間に、次の走者が他方でセットアップ等を進められるシステムです。日本では「RTA in Japan」が既に導入している仕組みですが、GDQでは「TwitchCon 2023」内で行われた出張イベント「Games Done Quick Express 2023」で採用されて好評だったため、そのまま今回も継続となったようです。本イベントが終始オンタイムで進行できた大きな一因となりました。 ステージに上がると、ヘッドセットの音量調整やゲームの動作チェックを行います。普段は日本のスーパーファミコン実機で走っている筆者ですが、今回は運営が用意した北米のSNES(Super Nintendo Entertainment System)で走りました。初めて触る機器のため、リセットボタンの扱い方などをこの場で確認。全てのセットアップを終え、満を持して出走の時間を迎えました。 本番が始まると、ハイリスクなワープや猶予1フレームの大技の連続が無事に成功。会場全体の大きな歓声が後押しになり、どんな難所も上手くいくような自信が湧いてくる不思議な気分に。終始落ち着いたメンタルで心地よく走り切れました。出番後はホテルのロビーやエレベーターですれ違う人たちが次々に温かい労いの言葉をかけてくれて、思わず泣いてしまいました。 (画像は Donkey Kong Country by Tonkotsu in 53:27 - Awesome Games Done Quick 2024 より) その日の夜は走者仲間達と雪の降る街へ繰り出し、ビアバーで乾杯しました。インターネット上では長く交流がありましたが、直接会うのは今回が初めてです。中には筆者がRTAを始めた当初から憧れてきた伝説級のプレイヤーも。本場のハンバーガーを味わいながら、積もる話に花が咲きました。 もうひとつの作品『マリオ&ルイージRPG』の出番までは中二日あったので、練習部屋での調整を欠かさず行いつつ、今度は観客としてもイベントを楽しむ番。個人的に最も楽しみにしていたのが、柴犬のピーナッツバターくんによる『Gyromite』のスピードランでした。ゲーム内の仕掛けが上手く解かれる度に送られる温かい拍手に加わると、オフラインイベントならではの一体感を味わえます。 スピードランの鑑賞は会場だけでなく、自室でも可能。開催期間中、ホテル内のテレビではAGDQ2024の配信を24時間いつでも観ることができます。皆で部屋に集まって凄腕プレイヤーのテクニックを鑑賞したり、寝起きにベッドの上から現在行われているゲームをチェックしたり。ホテル内にさえいれば、時と場所を選ばずイベントへの参加体験をもたらしてくれるのがGDQの凄いところです。 ここまで紹介してきた場所の他に、ボードゲームやアーケードゲームを楽しむための部屋も。アーケード部屋にはリズムゲームやピンボール等の筐体がズラリと並びます。筆者は部屋の隅にアーケード版『ドンキーコング』の筐体を見つけ、練習後の息抜きに遊びました。 イベント4日目。この日は夕方に『マリオ&ルイージRPG』の出番を迎えました。プレイ内容は終盤までかなり好調だったものの、最難関のラスボス戦でミスが出て、HP1まで追い込まれる厳しい展開に。最後は保険用の回復アイテムを残らず使い果たして、薄氷の勝利を掴みました。エンディングのスピーチ中には、イベントの終わりが見えてきた寂しさから再び泣きそうになってしまいました。 (画像は Mario & Luigi: Superstar Saga by Tonkotsu in 1:20:42 - Awesome Games Done Quick 2024 より) 翌日は丸一日観光デー。フィップス温室植物園やレトロゲームショップ巡りを楽しみ、有名なステーキハウスで漫画のように大きなステーキを食べました。最終日にはもう一人の日本人走者による『マリオカート64』も予定されており、フィナーレまで滞在したい気持ちでいっぱいでしたが、お世話になった走者達と別れの握手やハグを済ませて泣く泣くピッツバーグから離脱。乗り継ぎに失敗してデトロイトで急遽一泊するトラブルに見舞われながらも、なんとか日本へ帰国しました。 渡航費用や言語の壁を含めて、現地参加のハードルは決して低くありませんが、その苦労を補って余りあるプライスレスな経験をGDQは与えてくれました。AGDQ2024で披露されたスピードランの数々は、GDQのYouTube再生リストから視聴できます。今回お伝えした会場の熱い雰囲気の一部を、画面越しにお楽しみいただければ幸いです。
Game*Spark とんこつ