『虎に翼』タイトルバックのアニメーションは寅子の心情? ロトスコープで表現した“変化”
4月から始まったNHK連続テレビ小説『虎に翼』で、タイトルバックに流れるアニメーションが話題だ。米津玄師の「さよーならまたいつか!」に合わせて、伊藤沙莉演じる寅子が、いろいろと変化しながらなめらかに踊る姿に見入る人が続出している。現実と幻想の間を自在に行き来して、観る人を不思議な気持ちにさせるアニメーションになっているのは、このタイトルバックがロトスコープという技法で作られているからだ。 【動画】伊藤沙莉とダンサーが踊っている『虎に翼』タイトルバックのメイキング映像 『虎に翼』のタイトルバックは、ルミネカードのCMや、羽生結弦の公演「GIFT」で使われたアニメーションを手がけたシシヤマザキが、同じロトスコープという技法で制作した。ロトスコープとは、人の演技を撮影した映像を画像として切り出した上で、写っているものをトレースした絵を描き、順に並べて撮影していくことでアニメーションに変える技法だ。 映像をトレースしているため、動きがリアルになったり、役者の顔立ちがそっくりになったりするのは当然だ。しかし、単純に実写をトレースしないところがシシヤマザキの特徴だ。タイトルバックで踊っている寅子は、着ている法衣が広がったり変化したりする。寅子を描く絵柄も次々に切り替わって、そこに時間の経過のようなもの、あるいは心情の変化のようなものを感じさせる。 タイトルバックの中盤でも、寅子の目がアップになるあたりで何種類もの絵柄が連なるところは、何が起こっても前を見続けるという寅子の決意を表しているようだ。そんな寅子の瞳が輪になって踊る女性たちに変わり、そのまま群舞へとつながっていくところは、アニメーション表現におけるメタモルフォーゼの醍醐味と言える。 実写では出せないテイストを映像の上に醸し出し、実写以上のメッセージ性を感じさせてくれるところに、ロトスコープが使われている意義があると言えるだろう。 ■岩井俊二監督の映画『花とアリス殺人事件』でも用いられた こうしたロトスコープの特徴を詳しく知りたい人は、ぜひ「Cuushe - Spread (dir: Yoko Kuno)」を観てほしい。おもちゃで遊んでいる幼児の実写がだんだんとアニメーションに変わっていく。最初は写実的だった絵が漫画のキャラクターのようになり、動物のようになってそこからハンバーガーやホットドッグにメタモルフォーゼし、最後は実写の幼児に戻っていく。元の映像から動きをトレースしながら、その上に重ねるものを変えることで幻想的な世界を作り上げていく過程がよく分かるようになっている。 この映像を手がけた久野遥子も、ロトスコープの使い手として知られるアニメーション作家だ。多摩美術大学を卒業する際に制作した「Airy Me」という作品が“メタモルフォーゼの極地”として話題になったほか、実写映画『花とアリス』を撮った岩井俊二が前日譚として監督したアニメーション映画『花とアリス殺人事件』(2015年)を手がけたことで知られている。 久野は、実写と同じく鈴木杏と蒼井優を起用して撮影した映像を、ロトスコープアニメーションディレクターとして動きなどをトレースし、アニメーションに仕立て上げた。実写版の公開から11年が経ち、主演の2人の年齢も上がっていた。実写ではどうしても違和感が出ただろう高校生の役柄を、アニメーションによって年相応に描くことができた。 ■ロトスコープと3DCGの違い 一方で、人間の動きを周囲に設置したカメラで読み取って、3DCGのキャラクターに反映させるモーションキャプチャーとは何が違うのか。役者の動きをアニメーションに取り入れるという部分はロトスコープも同じであり、3DCGのキャラクターも造形や演出は自在で、ロトスコープと同様のメタモルフォーゼを見せることもできる。違いがあるとしたら、3D空間の上でカメラワークを自在に切り替えられるモーションキャプチャーと違って、ロトスコープは実写を撮影する際に構図を決める必要があることだ。 『花とアリス殺人事件』が岩井監督の作品になっているのは、監督ならではの画面作りの力がまずあって、それを元にロトスコープで絵を作っているからだ。漫然とカメラを回して動きを撮影し、それを元に絵を描いたとしても、映画的に観て面白いものにはならない。 シシヤマザキの場合は、谷中・根津・千駄木をPRするアニメーション「YA-NE-SEN a Go Go」(2011年)でダイナミックなカメラワークとコミカルなダンスを通して高い映像センスを見せた。『虎に翼』のタイトルバックにもそうしたセンスが発揮されている。久野の場合は、メタモルフォーゼの奇想で魅せるところがある。ロトスコープがただトレースすればいいだけのものではなく、作り手のセンスが要求される技法だと分かるだろう。 現実の世界が絵になるだけで浮かぶある種の違和感を、味に変えるロトスコープ作品もある。押見修造の漫画を原作に、2013年に作られたTVアニメ『惡の華』だ。役者たちが演じた映像をロトスコープによって比較的忠実に絵にしているが、キャラクターのビジュアルをあまり陰影を付けずにフラットにすることで、感情移入を妨げ少し引いたところから状況を見守らせる効果を出した。 トレースの際に漫画のキャラクターに近づけることも可能だったが、敢えて生身の役者をそのまま絵にしたようなキャラクターにしたことが、『惡の華』という作品から漂う不穏な空気をより強く浮かび上がらせた。 岩井澤健治監督の『音楽』(2019年)の場合は、逆に実写の動きをロトスコープによって写し取り、大橋裕之による原作漫画のキャラクターに置き換えて作り上げた。役者による動きの機微がアドリブも含めてアニメーション化されていて、きっちりと設計図を作って描いていく普通のアニメーション作りとは違ったライブ感が漂っていた。『音楽』でロトスコープが使われたのは、ゼロから動きを描いていくほど作業に手間をかけられなかったこともある。動きをそのまま使えるというのもロトスコープの特徴だが、そこで演出力が必要となるのは変わらない。 マックス・フライシャーによって考案され、『インク壺の外へ』(1919年)で初めて商業作品に使われたロトスコープは、今も世界中でアニメーション制作に活用されている。キアヌ・リーブスが主演を務めロバート・ダウニー・Jr.やウィノナ・ライダーが出演した『スキャナー・ダークリー』(2006年)は、SF作家のフィリップ・K・ディックが描く原作のダークで猥雑なテイストと、ドラッグがもたらす異様なビジョンをアニメーションならではの自在さで表現していた。 第2回新潟国際アニメーション映画祭で上映されたサム&フレッド・ギヨーム監督『オン・ザ・ブリッジ』(2023年)は、余命幾ばくも無い人たちが人生を振り返るインタビュー映像からロトスコープでアニメーションを作り、シルエットになった登場人物が語る言葉として重みを出した。 実写の映像を生成AIがアニメーションにしてくれるという技術がニュースを賑わせている昨今、ロトスコープの必要性が問われる可能性もある。だが、役者の動きを選び、カメラワークでレイアウトを整え、観て感情を動かす映像を撮った上で、演出やメタモルフォーゼによって観る人を驚かせたり引き込んだりするアニメーションに仕立て上げるには、まだ人の手が必要だ。ロトスコープの活用はこれからも続き、『虎に翼』のタイトルバックに続く傑作が生まれてくることだろう。 参考 ※ https://www.youtube.com/watch?v=cG5XOYzkq2w
タニグチリウイチ