廣岡達朗コラム「なぜベテランが率先して気合を入れないのか」
セ・リーグのクライマックスシリーズのファイナルステージはDeNAが初戦から3連勝。DeNAは勝つ気でやれば勝った。そこで色気が出たら2つ負けた。 【選手データ】菅野智之 プロフィール・通算成績 メジャー移籍を目指す菅野智之はCSでも一番手で出ていかなかった。野球は投手が勝敗の70%を左右するのにNo.1の投手が二番手なのはどういうことだ。 3連敗と崖っ淵に追い込まれた巨人は第4戦の試合前に円陣を組んでいた。腹立たしいのは若い選手が声を出して、ベテランが聞き役に回っていたことだ。周囲はニコニコ笑っている。西武監督時代には気後れする選手をあえて指名して責任観念を持たせたこともあったが、われわれの現役時代は円陣を組むまでもなくベテランが率先して気合を入れた。負けることは許されなかった。日本一が懸かった大勝負になれば責任感でみんな緊張していたものだ。 今は責任観念とは何かを知らない。坂本勇人が年俸6億円ももらっていながら大事なゲーム(CS第3戦)で休むとはどういうことか。シーズン終盤に左ワキ腹を痛めた吉川尚輝もCSを初戦から欠場した。 私がヤクルト監督時代の1977年、同じ左ワキ腹を痛めた若松勉は「ひと振りしかできません」と言ってきた。それでもいいと代打に出したらサヨナラ本塁打。翌日も2試合連続で代打サヨナラ弾を放った。西武監督時代には大田卓司が突き指したことがあった。「痛いか」と聞くと彼は「痛いですが出ます」と、応急措置を施した上で出場を直訴した。 われわれの時代は痛いのを隠して当たり前のようにやった。この「当たり前」を今の人たちは知らない。 吉川の欠場に伴い、巨人は丸佳浩を三番に起用した。この期に及んで、これなら勝っても負けても納得できるというオーダーを組んだ。しかし日頃あまり試合に出ていない選手を大舞台で使うのは感心しない。ユーティリティープレーヤーばかり使っていたら野球にならない。 短期決戦で最も大切なのは監督の力量である。陣頭指揮を執らないでナインが言うことを聞くか。選手が死球に遭ったら監督が真っ先にベンチを飛び出すべきだ。選手が「あの監督を胴上げさせたい」ではない。監督が選手を胴上げさせるのだ。 83年の巨人との日本シリーズ前、スコアラーは江川卓のピッチングを分析して「完璧です。攻略しようがありません」とお手上げだった。森昌彦(現森祇晶)に相談すると「江川が抑えたシーンと打たれたシーンの両方を編集したビデオを選手に見せて考えさせましょう」と言った。打てるのはこの球、打てないのはこの球。そうして研究した結果、江川を攻略して日本一になれた。 阪神監督を辞任した岡田彰布は来年もフロントとして球団に残るという。言葉は悪いが私には“口封じ”にしか思えない。岡田の指導者としての遺伝子を他球団に“輸出”して球界全体のレベルを上げるという発想になぜならないのか。 かつて日米野球サミットを日本で開催したとき、メジャー関係者は「日本は複数年契約だけはするな」とクギを刺して帰った。今やメジャーの契約は大谷翔平を見ても天文学的な数字だ。10年総額7億ドル(1015億円)。一つひとつ見ていけば厳しい条項が絶対にある。ドンブリではない。10年間今のコンディションを維持できるはずがないからだ。最初の提示額をすべて出すほどアメリカは甘い国ではない。にもかかわらず日本のマスコミは金額に踊らされて必要以上にすごいと報じる。 ドジャースがロッテの佐々木朗希を獲得したらチームは分裂すると思う。向こうでも1週間から10日に一度のペースで投げていたら、周りの理解は得られない。 ローテーションとは民主主義の産物である。多民族国家のアメリカでは順番、平等が絶対なのだ。その感覚が日本人には分からない。だから平気で菅野を二番手に起用するのだ。 ●廣岡達朗(ひろおか・たつろう) 1932年2月9日生まれ。広島県出身。呉三津田高、早大を経て54年に巨人入団。大型遊撃手として新人王に輝くなど活躍。66年に引退。広島、ヤクルトのコーチを経て76年シーズン途中にヤクルト監督に就任。78年、球団初のリーグ制覇、日本一に導く。82年の西武監督就任1年目から2年連続日本一。4年間で3度優勝という偉業を残し85年限りで退団。92年野球殿堂入り。 『週刊ベースボール』2024年10月21日号(10月9日発売)より 写真=BBM
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