元銀行マンが考える「銀行に預けていれば安全」という常識を裏切る“前代未聞の不祥事”が起きたワケ
◆「管理者の性善説」が成立しなくなっている理由
銀行におけるアナログの業務管理では、基本的には担当者と管理者のダブルチェックによって、事務ミスや防犯上のチェックが励行されます。 しかしこのダブルチェック方式は、基本的に「銀行が考える管理者の性善説」に立ってマニュアル化されているものであり、管理者自身が犯罪を起こそうと企てた際には、自己の命令下にある担当者を善意のまま共犯に仕立て上げることも可能ではあるのです。 本件は、非主流業務におけるアナログ管理という盲点を突いた犯罪であったわけです。 「銀行が考える管理者の性善説」はある意味、昭和の職業観や給与水準の常識に則って作り上げられた古い時代の幻想であったのかもしれません。昭和の時代は、終身雇用が当たり前で大手企業間での転職などままならない状況でした。 また銀行員は「高給取り」として知られ、管理者ともなれば一般企業の給与平均の2倍以上という、人がうらやむレベルにあるのも普通のことでした。すなわち銀行経営は、「高給」が管理者に職を失うようなリスクを冒させない抑止力となって「管理者の性善説」が成立する、と考えていたのです。 さて、今の時代はどうでしょうか。転職はごくごく一般的な出来事になり、大手企業も中途採用に門戸を広げています。 銀行員の給与はといえば、決して低くはないものの、大手商社では一般社員でも年収2000万円超えが可能な時代であり、また独立、起業やIT系ベンチャーへの転職などでの転身次第で、年収1億円突破も夢ではありません。 今や銀行の管理者の給与は決して人がうらやむレベルではなく、その給与水準が「管理者の性善説」を支える抑止力ではなくなったことは疑いのないところなのです。
◆“すべて自動化”が現実的ではないからこそ
このように今回の事件は、アナログな業務フローと「管理者の性善説」が抜け道となって発生したものとみています。ならば再発防止に向けて考えられるのは、一つは貸金庫開閉に関するアナログ手続きの全廃でしょう。すなわち、顧客単独で完結するカード方式での貸金庫の全自動化です。しかし、これを実現するのは至難の業です。 全店舗の既存の貸金庫を全自動化するには、膨大な費用と移行に伴う利用者の貸金庫内保管物の一時引き上げなど、煩雑な手続きが必要になるからです。特に移行手続きについては、契約者との連絡不能などのケースも間々あって移行は不可能に近く、費用面以上に貸金庫の全自動化が進まない原因になっているのです。 となるともろくも崩れた「管理者の性善説」の否定を大前提として、いかに管理者に抑止力を働かせる貸金庫開閉手続きを再構築するか、にかかってくることになるでしょう。つまり、管理者の犯罪抑止意志は決して絶対ではないという「性弱説」に立って、出来心が付け入るスキのない業務フローを作り上げる以外にないのです。 具体的に考えられる対策として、貸金庫の室内を24時間ビデオ録画することにより、庫内での行動は常に見られている、常に監視されている、という状態をつくることが、新たな抑止力になるかもしれません。 いずれにせよ、“絶対安全”であると思われた銀行に預けた顧客資産が銀行員によって盗まれたという事実は、「信頼」の上に立っている銀行のビジネスモデルを大きく揺らがせたことは間違いありません。 そしてまた、この一件はある意味でどこの銀行でも起こり得る事象でもあります。当該銀行だけでなく銀行界共通の重要課題として、早急に利用者に安心感を与える対策を検討し、信用回復に努めてほしいと願うところです。
▼大関 暁夫プロフィール
経営コンサルタント。横浜銀行入行後、支店長として数多くの企業の組織活動のアドバイザリーを務めるとともに、本部勤務時代には経営企画部門、マーケティング部門を歴任し自社の組織運営にも腕をふるった。独立後は、企業コンサルタントや企業アナリストとして、多くのメディアで執筆中。
大関 暁夫(組織マネジメントガイド)