トルコ・シリア大震災から3ヵ月、「被災者の数」の先にある現地の状況に目を向けて
2023年2月にトルコ・シリア大震災が起きてから3ヵ月が過ぎるなか、現地の状況を知る機会は減りつつある。トルコで支援活動に従事した「国境なき医師団(MSF)」の末藤千翔さんは、政府やニュースが発表する「数字」の先にはひとりの人間がいることを忘れないでほしいと話す。 【画像】トルコ・シリア大震災から3ヵ月、「被災者の数」の先にある現地の状況に目を向けて トルコ東部の都市マラティヤは、古代ヒッタイト帝国から歴史に登場する古都だ。ユーフラテス川の恵みを受けた肥沃な土地では農業や酪農が盛んで、アプリコットの名産地としても知られる。特にドライアプリコットは世界の総生産量の80~90%がマラティヤ産だというが、この街を知る日本人は多くないだろう。 ところが、2023年2月6日にマラティヤの様子が世界中に報じられる大災害が起きた。トルコ・シリア大震災だ。トルコ南東部を震源地とするM7.8とM7.5の大地震が相次いで起き、死亡者数は5万人を超えた。いまも300万人がトルコで、3万5000人がシリアで避難生活を送る。マラティヤも甚大な被害を被った。 世界的な医療・人道援助団体「国境なき医師団(MSF)」は、震災翌日から現地NGOを通じて物資配布や水・衛生環境の整備、メンタルヘルスケアの提供といった支援活動をおこなっている。同団体の末藤千翔(すえふじちか、34)さんは、2月26日にトルコに入り、マラティヤや南東部のエルビスタンで、現地の活動の運営管理を担当するプロジェクト・コーディネーターとして1ヵ月間活動した。 末藤さんは今回の地震の特徴について、「被災した地域が広範囲かつ被害が甚大なため、被災者のニーズが非常に多様だ」と指摘する。 たとえば、エルビスタンではほぼすべての建造物が地震によって倒壊し、多くの住民が周辺の仮設テントに避難したため、街はゴーストタウンのような状態だったという。マラティヤでも都市部は深刻な被害を受けた一方、被災を免れた地域には避難者が殺到した。地元住民のなかには家族や親戚を数十人受け入れている人もおり、被災者だけでなく受け入れコミュニティへの支援も求められているという。 末藤さんが現地に入ったのは発災から3週間が過ぎたころで、被災者の心境にも変化が見られる時期だった。危機が起きた当初は、地震への恐怖や大切な人を失った悲しみなどが心の大部分を占めていたが、時間が経つにつれ「いつまで避難所にいるのか」「今後どうやって生活を立て直すのか」といった、将来への具体的な不安がふくらみ、支援のニーズも多様化していった。被災者の多くが不眠や悪夢、食欲の減退といった症状を抱えていたという。 被災者のこうした心理的な負担を軽減するため、MSFは現地NGOを通じていち早く心のケアを開始した。緊急時において重要なのは、なるべく早い段階で支援の手を差し伸べ、メンタル面の不調が悪化するのを防ぐことだという。「心理的応急処置」と呼ばれるこの初期対応においては、グループセッションなどで、自分の気持ちや悩みを他者と共有することで、心の傷を軽減し、それを乗り越える手助けをする。 また、被災者だけでなく支援者への配慮も重要だ。トルコでは、MSFとともに活動する現地NGOのスタッフもまた被災しているからだ。末藤さんが赴任した当時、現地スタッフ全員が避難所で生活していた。支援活動を通して地元に貢献できることに意義を感じる一方、「自宅は倒壊してしまって、もう戻れない」「避難先がいつまで自分たちを受け入れてくれるかわからない」と、不安を口にするスタッフもいたという。こうした状況を重くみたMSFと現地NGOは、早い段階で現地スタッフ専用の心理カウンセラーを手配した。
Chihiro Masuho