ネイティブも認めた!怖いくらい通じる「カタカナ英語」の法則
脳科学に基づいた合理的メソッド すでに日本語の音にカスタマイズされてしまった私たち大人の脳にとって、残念ながらネイティブ発音の習得は至難の業。 脳科学者である著者・池谷裕二氏も米国留学時代に発音で大いに苦しんだという。そして試行錯誤の末にたどり着いたのが、まったく新しい「英語→カタカナ変換」の法則だった。 脳のしくみに着目し、もっとも合理的にネイティブ発音に近づく画期的方法とは?『怖いくらい通じるカタカナ英語の法則』で英語学習が激変する。 まったく通じない! この本は、私がアメリカに留学していた頃に偶然生まれた何気ないアイデアに端を発して書かれたものです。 アメリカに渡ったのは2002年の12月。当時の私を迎え入れたマンハッタンの街並みは華やかなクリスマスイルミネーションで飾られていました。洒落た装いでデートするカップル、充実した表情で闊歩するビジネスマン、珍しい犬を連れて散歩する老夫婦。 前年の同時多発テロのショックもようやく和らぎ、道行く人々に活気が戻りはじめた、そんな時期のニューヨークでした。 アメリカで展開されている最前線の脳研究をこの目で見てみたい。できるならば最先端の研究に参加したい──。長年の夢を叶えるために太平洋を越えてやってきました。 生まれてはじめての海外生活。期待と不安が入り混じった、いや、正直にいえば少しの期待と圧倒的な不安を胸に抱いてニューヨークに降り立った、あの非現実的な感覚は今でも忘れられません。 しかし、そんな浮遊感も束の間、華麗なニューヨークの街並みとは対照的に、しだいに私の心は零下10℃にもなろうかという外気温と共に沈鬱してゆきました。 理由は──。そう、言語の壁でした。話したことが通じないのはおろか、相手の話す内容がさっぱり理解できなかったのです。 中学・高校と手を抜くことなく英語を勉強してきましたが、英語という科目は当時から学期テストで足を引っ張る苦手教科でした。 実用英語技能検定(いわゆる英検)は今でも4級のままですし、TOEFLやTOEICは一度も受験したことはありません。英会話スクールなんて、下手な英語がクラス仲間に露呈するのが恥ずかしくて、通おうと考えたことさえない。それが留学前の私でした。 もちろん、そんな英語力では現場で歯が立つわけがありません。 地下鉄の乗り方もわからない。注文しても希望の料理が出てこない。道を尋ねても私の英語を聞き取ってもらえない。たとえ、かろうじて通じても、せっかくの返答を聞き取ることもできず、私にできることといえば不気味な作り笑顔を返すことだけ。レジでは言われた値段と違う金額を払ってしまう。銀行の窓口では全く相手にされない。タクシーには乗せてさえもらえないという屈辱も受けました。 アパートの契約、電気・ガスの開通、電話回線の開設、テレビの契約。飛び込めばなんとかなるだろうという楽観的な憶測は見事にうらぎられ、プライドも完全に崩れてしまいました。いま考えれば、そんな人間がいきなりアメリカで最先端の脳研究を展開しようなど、無謀な計画にほかなりませんでした。 悶々として送る日々。1ヵ月、半年、1年……容赦なく月日は経ちます。そんなある日、ふと気づいたことがありました。ここからがストーリーの始まりです。 「ハゼゴン」の発見! いつものように朝、仕事場に行くとすでに出勤していた研究室のメンバーが私に何か話しかけてきます。「ハゼゴン」。──え? ハゼゴン? なんだろう。ドラゴンの仲間かな? マンガのキャラクターかな? いろいろな考えが頭を巡ります。 きょとんとした私の表情からすべてを察した彼は単語を区切ってゆっくりと言い直してくれました。「How ‐ is ‐ it ‐ going?(元気かい)」。 おお、How is it going? と言っていたのか! あのときの驚きは今でも新鮮に覚えています。How is it going? という4単語が、実際に発音されると、元とは似ても似つかぬハゼゴンとなるのですから。 それからというもの私は人に会うたびに「ハゼゴン?」と聞いてみました。皆にこやかに返答してくれます。ハゼゴン、ハゼゴン。そうなのです! 私の話す英語がきちんと通じているのです。あまりの感激に舞い上がるような気分でした。 それにしても「ハゼゴン」というカタカナの羅列で通じるとは驚くべきことでした。学校で習った英語とはあまりにも違う発音なのです。そして気づきました。もしかしたら、授業で習った発音は便宜上のもので、アメリカ人たちが話す英語とは違うのではないか、と。 その後、私は先入観を捨てて、耳に聞こえるままの発音を素直に聞くことを心がけました。すると、これまで当然とばかり思っていた発音が、じつは間違っている、あるいはそのままでは通じないことがしだいに理解されてきました。 そして、自分の英語はどこがおかしいのか、どうすれば直るのか、そんなことを真剣に考える日々が続くようになります。血のにじむような奮闘の末、私は3つの結論に辿り着きました。 結論1私にはカタカナ発音しかできない。これは「日本人として生まれ育ったのだから、今さら英語特有の発音を身につけようがない」という科学的根拠から来る諦念です。結論2それゆえに私の発音は本来の発音からひどくかけ離れたものであって、アメリカでは通用しない。結論3しかし、私のカタカナ発音を別のカタカナに置き換えることによって、多くの場合は通じさせることができる。 とくに結論3は重要なものでした。 ほとんど諦めかけていた私の英語力ですが、努力次第では通用するレベルにまで改善される可能性がある──絶望のどん底で見た一条の光。大いなる希望を与えてくれるものでした。 英会話を諦めかけた人へ 私は脳研究に専念する傍ら、期待を胸に、英語の発音についても試行錯誤するようになりました。 私はカタカナ発音を丹念に調べあげて、英会話のライブ現場でカタカナを駆使して発音してみました。もちろんそれは失敗の連続でした。ただ幸いなことに、私の仕事場には、日本語を勉強したことのあるアメリカ人がいました。 彼は日本語と英語がどれほど異なっているかをよく知っていました。同時に彼は日本人にとって英語の習得がいかに難しいかも理解していました。親切にも彼は私の英語の発音を逐一修正してくれます。 しかも、それは単なる修正ではなく「日本人ならばこう発音すればよいはずだ」という適切なアドバイスでした。 その結果、いくつかの秘訣に気づいたのです。それが本書で述べる「カタカナ発音の法則」。実践に基づいた経験則です。 ある日、私と同じようにアメリカ留学していた日本人の友人に、この法則について披露すると予想以上の反応がありました。もしかしたら私以外にも多くの人が同じような問題を抱えて悩んでいるのかもしれない。 だとしたら、この成果を私だけに留めておくのはもったいない──。その後も様々な人に相談するうちに、この確信はますます深まりました。そんな考えに導かれ、ついに本書を上梓する運びとなりました。 もちろん私は英語の教師でもなければ、英語のための特別な教育を受けてきたわけでもありません。それどころか、私がアメリカに住んだのはほんの2年半にすぎません。英語での会話なんて正直まだまだです。むしろ今でも英会話は苦手で、できれば避けて通りたいところです。 しかし、私には、英語について、とりわけ英語の発音について人並み以上に真剣に考えてきた自負があります。もちろん、これから本書で述べる発音方法は、カタカナを振り当てている以上、完璧な英語の発音というわけにはゆきません。しかし「日本人が英米人に英語を通じさせる」という観点に立てば、より適化された方法だと確信しています。 英語の上級者には「カタカナ発音など邪道な学習法にすぎない」と一蹴されてしまうだろうと思います。この本は完璧を目指すものではなく、「まずは当面事足りればよい」というスタンスですから、英語の専門家や教育者からは痛烈な批判を受けることは十分に承知しています。 この意味で本書は、超初心者である私が超初心者に贈る「超初心者のためのカタカナ発音奮闘記」だと理解していただければと思うのです。すべての人に必要な本ではないけれども、私のように英会話を諦めかけた人には読んでいただいて損はないと思います。いや、本心を言うのならば、そういう人にこそ手にとっていただきたいと思うのです。 この本には、学校の授業でしか英語を習ってこなかった人はびっくりするような内容が含まれていることでしょう。従来のどんな教科書とも、またプロの教師が教える洗練されたノウハウとも異なった、英語初心者のための実用的な克服法です。 だから今までの発音の知識を一旦リセットして欲しいと思います。先入観は新しいことを学習する妨げにもなります。そこで、本書では最初に「意識改革編」を用意しました。 なぜカタカナ発音がよいのかをしっかりと納得してから学習を始めれば、モチベーションも長続きし、習得もよりスムーズになるでしょう。 意識改革編のあとの本編は2つのパートに分かれています。「実践編」「法則編」です。どちらから読み始めていただいても問題ありません。 細かい話はよいからともかく一刻も早くカタカナ発音の効能を知りたいという方は実践編からスタートしたらよいと思いますし、理屈を理解してからでないと脳がすっきりしないという理論派タイプの方は法則編から始めたらよいかと思います。どちらから手を付けても差し支えなく習得できるように工夫してあります。 最後のパートは「理論編」です。本書の目的から考えれば、ほんのオマケのようなものです。言語習得と脳にはどんな関係があるのだろうか、ネイティブとそうでない人にはどんな違いがあるのだろうか。そんな最新の脳科学の知見を解説してみました。さらに効率的な勉強法についても書いてみました。興味のある人は読んでいただければと思います。 この本の利用にあたって注意点があります。それは本書がいわゆる読本ではないということです。あくまでも練習ドリルです。流し読みをするだけでは期待した効果は得られません。時間をかけてじっくりトレーニングを実践して欲しいと思います。 「自転車の乗り方を解説本で読んでも、実際に乗れるようにはならないのであって、何かをやる方法って、実際にやる、という経験によって培われます」〔『海馬』(新潮文庫)より〕 転びながらも自転車乗りの練習を根気強く繰り返した、あの頃を思い出してください。効能が現れるまでには時間が必要です。 同じ例文を最低でも連続70回は声に出して発音してみなければ効果は見えてこないと思います。さらなる効果を期待するのでしたら、学習した日の就寝前に再び10回、翌朝また10回繰り返すべきです。私は時間が許す限りはこれを実行しています。 この本の前身は2004年に上梓した『魔法の発音 カタカナ英語』(講談社)という単行本です。これを「持ち運びしやすい大きさに」という意図で『怖いくらい通じるカタカナ英語の法則』という書名で講談社ブルーバックスから再出版しました。 これら前著の読者からいただきましたご意見を反映し、我流だったカタカナ法則を念入りに練り直しました。とりわけ数名のバイリンガルの読者からいただきました丁寧なコメントは大変心強いものでした。これによって確度が数倍はアップしたものと思います。 前著では、付属の音声CDのせいで本が開きにくいという声がありました。そこで、昨今の時代の流れもあり、音声CDはとりやめ、インターネットから発信することにしました。 そこでは「日本人によるカタカナ発音」と「ネイティブスピーカーによる本物の英語」を比較しながら聴くことができます。音声を参考にしながら発音練習することで、効果的な習得が期待できます。 なお、ネイティブスピーカーとして音声収録に参加してくださったデアドリ・イケダさんによれば、本書のカタカナ法則は世界のどこでも有効だろうということですが、ニューヨークなどのアメリカ東海岸でより効果を発揮するはずだということです。 イケダさんの発音はアメリカ西海岸のものだそうで、英語に耳が慣れてきたら、こうした地域による微妙な違いを味わうこともまた、旅行や映画の楽しさを増すことに繋がるでしょう。 最後になりましたが、こんな奇抜な本を出したいという私の希望を叶えてくださいました講談社の篠木和久さん、講談社ブルーバックスに移行する際に多くのご意見をいただきました髙月順一さんに感謝します。 また、私の英語下手に根気強く付き合ってカタカナ発音のコツを丁寧に教えてくれた留学先の研究室のメンバーBrendon O. Watsonさん、Carlos Porteraさん、Jason Macleanさんに感謝します。 ボストン生まれの友人であるNeil Grayさんには、講談社ブルーバックスとして刊行するにあたって、本書のすみずみまで丁寧に発音法則を再チェックしてもらいました。その彼が「これはすごい! 本当に通じるじゃないか! 考えてもみなかったけれど、この発明は多くの日本人にとって朗報だね」とコメントしてくれたことは大変励みとなりました。 そして何より、英会話に奮闘する日々を近くで支えてくれる妻に感謝したいです。妻には本書にちりばめられた挿絵と、付録音声の日本人代表としても協力してもらいました。 著者 池谷裕二(いけがや・ゆうじ) 1970年、静岡県藤枝市生まれ。薬学博士。現在、東京大学薬学部教授。脳研究者。海馬の研究を通じ、脳の健康について探究をつづける。文部科学大臣表彰(若手科学者賞)、日本学術振興会賞、日本学士院学術奨励賞、塚原仲晃記念賞などを受賞。主な著書に『記憶力を強くする』『進化しすぎた脳』『単純な脳、複雑な「私」』『自分では気づかない、ココロの盲点 完全版』(以上、講談社ブルーバックス)、『海馬』『脳はこんなに悩ましい』(ともに共著、新潮文庫)、『脳には妙なクセがある』(扶桑社)などがある。 『怖いくらい通じるカタカナ英語の法則 ネット対応版』 ネイティブも驚いた画期的発音術 池谷裕二=著 発行年月日: 2016/10/20 ページ数: 224 シリーズ通巻番号: B1987 定価:本体 960円(税別) (前書きおよび著者情報は初版刊行時点のものです)
池谷 裕二(東京大学薬学部教授・脳研究者)