国際馬術大会「ソー・エルメス」で体感するエルメスの真髄
パリの春を告げる名物、国際馬術大会「ソー・エルメス」が開催。馬術愛好者ならずとも楽しめるイベントの魅力とは。 【写真を見る】馬術大会の様子をチェック
今年のテーマは「フォーブルの魂」
1837年、フランス・パリに馬具工房としてスタートしたエルメス。そのアイデンティティを最も象徴するイベントが「Saut Hermes(ソー・エルメス)」だ。「跳躍」を意味するフランス語「Saut」を冠した「Saut Hermes」とは、毎年3月にパリで開催される国際馬術大会であり、今年も3月15日からの3日間、グラン・パレ・エフェメールを会場に行われた。 ソー・エルメスの始まりは2010年だが、その歴史は20世紀初頭へと遡る。パリでは1901年からグラン・パレを舞台に国際馬術大会が開催されていたが、1957年を最後に途絶えてしまう。それを53年ぶりに復活させたのがエルメスだ。会場は同じくグラン・パレであったが、2021年に改修工事に入ると、仮設施設として建てられたグラン・パレ・エフェメールへとその舞台を移した。シャン・ド・マルス公園の南端に、エッフェル塔と対峙するかのように建つ建物はジャン・ミッシェル・ヴィルモットによる設計で、この夏のパリ五輪でも会場として使われる予定だ。グラン・パレの改修も終わるため、エフェメールでソー・エルメスが開催されるのは今年で最後となる。エルメスが掲げる今年の年間テーマ「フォーブルの魂」に合わせ、フォーブル・サントノーレ24番地にあるエルメス第一号店のエスプリを表現するかのように、会場内は華やかにそして軽やかにデザインされた。 ■パートナーライダーが語るエルメスの魅力 3日間にわたる大会では、20カ国から約75人のライダーと約130頭の馬が参加し、障害飛越競技を競った。フランス馬術協会と国際馬術連盟が認定する最高レベルとCSI5*の大会には、各国のトップライダーが参加し、その中にはエルメスがサポートするパートナーライダーも含まれる。競技には参加しなかったが会場を訪れた日本人初のパートナーライダーであるカレン・ポーリーはソー・エルメスの魅力を「他に類はない、魅力的で美しい馬術イベント」と表現した。「製品もそうなのですが、全てに細心の注意が払われていて、それが全体の素晴らしさへとつながっています」。 細部へこだわりは、馬術競技においても重要な要素である。「エルメスは、自分と馬の競技場のユニフォームと道具を提供してくれていますが、世界最高峰のクオリティと技術で作られたものを身につけ、さらにフィッティングをチェックしているチームがいることは、競技においても有利に働きます。私も馬も状態は常に変わりますので、筋肉の変化に合わせアイテムも調整する必要があります。正確さが重要なスポーツなので、常に完璧にフィットするものを使用することがとても重要なのです」そしてエルメスが作り出す製品の美しさもアスリートのメンタルに影響を及ぼすという。「自分がどう感じるかは思考やパフォーマンスにも影響し、機能的にも優れた美しいユニフォームを身につけることは自信につながります。私はサドルパッドとジャケットの色を合わせるのですが、馬鹿げていると思われるかもしれないけれど、そうしたことが心地よく、パワーを与えてくれます」 ■世界最高峰の馬術イベント 会場内では、エルメスの馬具職人による鞍作りのワークショップも行われる。力仕事にも見える鞍作りだが、馬具職人には女性も多い。その一人に話を聞くと、重要なのは正確さや丁寧さであり、身体的な男女差は問題でないとのこと。彼女は職人歴3年半で、ようやく一つの鞍を一人で任されるようになったというが、こうして職人たちと直接話すことができるのもこのイベントの魅力の一つだ。他にも馬をテーマにしたブックストアやジャンピングゲームを楽しめるVRコーナー、そして乗馬アイテムを中心に扱う特設ショップなど、さまざまな趣向が凝らされている。 しかしなんといってもこのイベントの最大の魅了は、ライダーと馬たちによるハイレベルの競技だろう。東京五輪の馬術競技のコースデザインも手がけたサンティアゴ・ヴァレーラ・ウラストレスによる難易度の高いコースを、ライダーと馬は文字通り人馬一体となって駆け抜けてゆく。クラスによって、障害物の高さ(140m~160m)や数、回る方向は異なるが、ライダーがコースを知るのは競技の始まる直前だ。一発勝負のコースをライダーが馬を制御しながら障害を乗り越え、スピードを競う様子を、観客は息を呑んで見守る。張り詰めた緊張感の中で最高のパフォーマンスを見せようとするライダーと馬は、美しくそして高貴だ。競技の合間には、フランスのコレオグラファーユニット「I COULD NEVER BE A DANCER」が演出する馬術ショーが繰り広げられ、観客を幻想的な世界へと誘う。馬術愛好者ならずとも見る者を虜にする、馬の魅力に溢れた三日間であった。
編集と文・石田潤(GQ)