ネイマールはなぜ覚醒したか
「違いをつくり出し、試合の中で何が起こっているかを理解できる人物を、人は天才と呼ぶ」。ブラジル代表監督フェリペ・スコラーリは、コンフェデレーションズカップで背番号10を託した男に称賛を惜しまない。6月のブラジルは、ネイマールに熱狂している。 まだ21歳だが、世界のサッカーファンの話題に上り始めてから、もう数年になる。U-17代表からカナリア色のユニフォームを着続けているが、各年代での出場試合数は決して多くない。早々にフル代表に引き上げられたからだ。 その輝きはすぐさま世界が知るところとなったが、最近はくすぶりが続いていた。コンフェデ杯に入るまで、代表では9試合もゴールから見放されていた。 調子を崩したきっかけは、バルセロナだったかもしれない。2011年のクラブ・ワールドカップ。サントスのエースとして臨んだ決勝ではバルセロナに完全に封じ込まれた。その9年前にセレソンが世界一に輝いた横浜で、力なく視線を落としていた。そして、今度は、そのバルセロナへの移籍騒動に振り回される。 現地テレビ局の記者たちは「最近はいつもバルセロナへの移籍の噂ばかりで、まったく試合に集中できていなかったんだ」という。 だが、今大会開幕前にはついにバルセロナ移籍が発表され、カンプ・ノウでの笑顔でのお披露目も済んだ。これを境にネイマールに変化が生まれる。 「欧州でベストのプレーに適応するため、さらに力強く、速くなった」と評するのは『オ・テンポ』紙のギレルメ・ギマランエス記者。戦術大国のリポーターらしく、『スカイ・イタリア』のエミニアーノ・グアネッカ記者は、「ブラジルでは、多くのスペースがある状態でプレーできる。対戦相手が彼をあまりにリスペクトしてしまうからだ。でもこの大会では、彼をブロックして、もちろん試合に勝とうとする。その中で成長したのだと思う」と分析した。 コンフェデ杯に入ると、グループステージ全3試合で得点を記録。因縁ある南米対決となったウルグアイ戦でも、観客の期待は膨らみ続けるのも当然だった。試合前のウォーミングアップでは、場内のテレビカメラが彼1人を1分以上も捉えて離さない。試合開始後30分してもスコアが動かぬ展開には、「ネイマールコール」が自然と巻き起こった。 ウルグアイ戦では左サイドで多くの時間を過ごし、マキシミリアーノ・ペレイラの厳重な監視下に置かれた。だが、むやみに動かず、はがしどころを狙い続ける。 背筋を伸ばした立ち姿からの初動が素早く、そのドリブルは相手DFのファウルを誘う。バルサから体重増加命令が出たと言われるほど、まだ線は細いままだが、戦前の「倒れて主審をだます」とのウルグアイの挑発に応じてか、肉弾戦でも意地を示す。おそらく、リーガ以上にチャンピオンズリーグで要求される資質だ。 ブラジル人記者が成長を認めたスピードは、ギアの上げ下げが自在で、その自分の世界でボールのコントロールを完璧にこなす。41分の先制点が好例で、マルセロにはたくと一気にスピードに乗り、マークしていたペレイラを振り払ってボックス内に侵入する。そのままマルセロから戻ってきた縦パスを胸で適切な位置へ落とし、ゴール左から右足アウトサイドでシュート。必死で飛び出したGKに弾かれたボールを、ゴール前でフリーだったフレッジが流し込んだ。 止まっているボールならば、さらに扱いやすさは増す。速く正確なCKは3度、相手ゴールを脅かした。4度目はもはやウルグアイの対処も追いつかず、残り4分での決勝点となった。さすがはバルサの御意見番であるヨハン・クライフに、リオネル・メッシとのプレースキック争奪戦を心配させるだけのことはある。 冒頭のコメントに続けてウルグアイ戦を控えていたスコラーリは『fifa.com』に語り続ける。「彼は得点を奪えないときにもそういうプレーをしていたし、チームメイトのためにチャンスをつくっていた。だから彼はチームプレーヤーだったんだ」。決勝進出決定後には、まるで予言であったかのように響く。 ネイマールが大会オープニングゴールを挙げた日本戦後、この口ひげの指揮官は含蓄あるコメントを残していた。「結果を残せば、周囲から信頼される。信頼されれば、さらにリスクを冒すことができるようになる」。開始3分で日本が献上したあの得点が、王様の地位を確固たるものにしたのかもしれない。 (文責・杉山孝/フリーライター)