世界初、月面「ピンポイント着陸」に成功のJAXA...着陸6日目の成果と知っておきたい「10のトリビア」
【4】むしろ「100メートル以内」はどこから来た数字か
SLIMのピンポイント着陸は、従来よりも一気に精度が2ケタから3ケタ良くなる大成功を遂げました。 坂井教授によると、実はシミュレーションでは10回中7回は目標地点から10メートル以内の精度で月面着陸できていたと言います。しかも、誤差が100メートルを超えることはなかったそうです。 ならば、なぜ最初から「10メートル以内の精度を目指す」としていなかったのか、多少失敗しても「成功」と言えるように余裕のある数字を発表していたのか、などと穿った見方をする人もいるかもしれません。しかしJAXA関係者によれば、約20年前にSLIM計画が始まった当初から「100メートル以内のピンポイント着陸」が開発目標だったから、そのまま使っているということだそうです。 裏を返せば、20年前にJAXAが掲げた「100メートル以内の着陸を意図的に行う」という目標は、今回、日本がやってのけるまではどこの国も達成できなかったのです。狙った場所の10メートル以内まで一気に着陸精度を高めた日本は、月探査の新時代を担う存在として世界に大きくアピールできました。 【5】太陽電池が動かないのはSLIMが倒れて西を向いているせい JAXAは着陸から3日目の22日、「データによれば、SLIMの太陽電池は西を向いていて、今後、月面で太陽光が西から当たるようになれば、発電の可能性があると考えている」と発表しました。 つまり、太陽電池を亀の甲羅にたとえると、本来は甲羅が上になるように着陸するので背に太陽光を受ければ発電するはずだったのに、甲羅を横に、しかも現在は太陽がいない西に向けているために、太陽光を受けられずに発電できないということです。 もっとも、亀がお腹を上にしてひっくり返っているように太陽電池が完全に下側になっていれば、太陽がどのような方向に来ても太陽光が電池に当たることは難しく、復旧の可能性はほぼありませんでした。坂井教授は25日の記者会見で「よくあの形でとどまってくれたな、と正直思った」と語っています。 SLIMは正確な着陸姿勢を取ったり強度を担保したりするために、二段階着陸と呼ばれる①先に1本の主脚が接地して、②わざと倒れ込むような形になった後に残りの4本の補助脚が接地する方法を採用しています。 今回、SLIMで二段階着陸がうまくできなかった理由は、メインエンジンが1基だけになってしまって、横方向の速度や姿勢などの接地条件が仕様範囲を越えていたからと考えられています。 月は昼が約14日間、夜が約14日間続きます。今後は月の夕方になれば太陽は西に来るので、太陽電池が復旧するかもしれないと期待されています。ただしSLIMは赤道付近に着陸しており昼は100℃を超えるため、機器が高温にどれだけ耐えられるかも課題となります。 プロジェクトチームは、月の日没となる2月1日までの運用再開を想定して、準備を進めています。 【6】小型月面探査ロボットLEV-2がSLIMの太陽電池が横向きになっている証拠写真の撮影に成功! SLIMは高度5メートル付近で、搭載していた小型月面探査ロボット「LEV-1」「LEV-2」を切り離しました。 LEV-2は直径約80ミリ、質量約250グラムの野球ボール程度の大きさのロボットです。変形可能で、車輪を出してSLIMの周りを走行し、前後に1台ずつ付いているカメラで撮影します。画像処理によりSLIMが写っている画像を適切に選び、LEV-1を通して地球に送信できます。 今回、LEV-2はSLIMが太陽電池を西に向けている月面写真を撮影し、複数枚の撮影画像の中からこの画像を選んで地球に送ることに成功しました。 坂井教授は、SLIMの現状姿勢に関する予想CGが作られてから、LEV-2によるSLIMの月面写真を見たといい「CGを写真で答え合わせをすることとなり、内容は予想通りだったが、実際のSLIMを撮影できたと思うと腰が抜けた」と心情を語りました。 LEV-2の担当で宇宙探査イノベーションハブ主任研究開発員の平野大地氏は、「データのロス部分が画像で線状に現れたり、高解像度で送信できなかったりしたのは少し残念」としながらも、「LEV-2による撮影は大金星」と会場から声がかかると笑みを浮かべました。 【7】バッテリー切れが迫る中、着陸後に月の起源の謎に迫るカンラン岩候補の撮影に成功 着陸直後に太陽電池が発電していないことに気づいたプロジェクトチームは、探査機に蓄積されたデータの送信を最優先事項とし、不要機器やヒーターを切って節電しながらバッテリー残量のみで電源を確保しました。 その結果、着陸降下中にSLIMに記録された各種データ、画像について所定のものをすべて取り出せただけではなく、月の起源の解明に向けた科学観測用のマルチバンド分光カメラ(MBC)の運用にも成功しました。 着陸直後のJAXA関係者の見解は「月面活動による岩石観測は太陽電池が機能していないため難しく、バッテリー残量はあと数時間と見積もられている。SLIMの着陸前後のデータ送信が優先であることなどから、MBCの運用は視野が固定されるなど限られるのではないか」というものでした。 けれど実際には月面着陸後、MBCのロック機構を解除し、可動ミラーを動かして約45分間の観測を行い、257枚の低解像度モノクロ画像を撮像、合成して景観画像を作成することに成功しました。 このデータ量は本来の計画には届かなかったものの、景観画像から6個のカンラン岩候補も見つけられました。立命館大などから成る研究グループは、観測候補となるカンラン岩の相対的な大きさが分かりやすいように「セントバーナード、あきたいぬ、(トイ)プードル」などの愛称を付けました。 研究グループは、今後、電力が回復した場合、速やかに高解像度の分光観測ができるように準備を進めています。 【8】JAXA関係者でも着陸中はSLIMの異常には気づかなかった 今回、何らかの異常が発生したと考えられる高度50メートル付近から、SLIMは1分に満たない時間で着陸しています。 異常発生後、メインエンジンの合計推力がほぼ半減したり、想定外の横方向移動をしたり、予定していた高度5メートルでのホバリングを行わなかったりしましたが、坂井教授によるとプロジェクトチームは着陸中にリアルタイムでは異常を察知していなかったと言います。 坂井教授は「あっという間に降りてくるし、何かあったとしてもこちらからは何もできない。むしろ着陸後に備えており、テレメトリ(遠隔)データが着陸モードになるとすぐに全機器のチェックをして、太陽電池が機能していないことが分かった」と説明します。