【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話033「ライブの真空パック」
9月5日、都内で開催された「LUNA SEA『ライブの真空パック』アンバサダー就任 発表会」に行ってきたのだけど、それがまたどえらいエポックな出来事だった。YAMAHAが開発しているテクノロジーで、それをLUNA SEAは全面的に賛同し今後も協力していきますよ、という趣旨の発表会だったのだけど、そのテクノロジーが超やばかった。 ◆【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話まとめ ポイントはいくつかあるんだけど、まずわかりやすいところで言えば、自動ピアノってありますよね?透明人間が弾いているかのように勝手に鍵盤が動いて自動演奏されるやつ。アレのドラム版が実現していた。その生ドラムのシンバルを叩く棒とかヘッドを叩く物理動作が凄いという話ではなく、そのハードウエアを動かす信号…各ドラムパーツを叩かす演奏データがやばいのだ。 この日、実演イベントとして、2023年5月29日に150人限定で開催されたライブ<LUNA SEA Back in 鹿鳴館>から、「DESIRE」「ROSIER」「WISH」の3曲が公開されたのだけど、これはライブ音源を“再生”したのではない。そこにセットされた彼らの所有機材で“再現”されたのだ。 正直に言えば、会場にいた多くの報道陣は、その本質を理解していなかったようだった。そこにメンバー所有の生ドラムやギターアンプ、ベースアンプが置かれているけど、ま、ライブビューイングとかフィルムライブのようなものでしょ?という顔つきだった。ただの爆音上映会を観ているような面持ちだった。 違うんだよ。本人がいないだけで、透明人間になったLUNA SEAが演奏しているのよ。今、ここで。鹿鳴館のライブをそのまま再現しちゃっているのよ。こんな経験、人類にとって初なんだよ。とんでもないことだよ。 2023年5月29日、鹿鳴館のライブ当日はYAMAHAの技術陣も会場に入り、SUGIZO、INORAN、J、SHINYAの演奏データを全て記録していた。ドラムに関しては、いくつかのペダルを踏むという行為と、シンバルやタムなどを叩くという行為があるけれど、ペダルはその踏み込む深さと速度がセンサーで精密に記録され、そのデータをトリガーとすることで、ペダルワークを含めたプレイ動作を完全に復元可能としている。もちろん各タムに関しても叩かれた細かな情報が全て記録される。実際のところは、再現するにあたって、SHINYAがあまりに激しいパワーヒッターだったため、ドラムを叩き鳴らすための物理パーツをパワーアップさせて作り直す必要があったらしいけれど(笑)。これは笑えるほのぼのエピソード。 鹿鳴館でのライブでプレイされたSHINYAの動作は、全てデータとして記録され、それを使えばあのときのプレイがそのまま再現できる。勘のいい人はすでにお気付きだと思うけど、再現するために欠かせない要素は、本人使用のドラムセットをいつもと同じようにチューニングしセットアップする必要があるという点だ。 そして同じ機材を使うのみならず、マイキングやミキシングなどPA側の機材やエンジニアスキルも同じじゃなければ、当時と同じバンドサウンドを再現するには至らないことになる。もちろんこの日のドラムサウンドも、ドラムの各パーツにはマイクが立てられその音がPAから鳴らされていたわけだけど、この日のサウンドエンジニアはLUNA SEAのエンジニアで、鹿鳴館のPAを担当していたその人本人である。 ギターとベースに関しても、基本的な考え方は変わらない。微細なニュアンスも含め本人が弾いた演奏の源泉は、電気信号としてギター/ベースから出力された信号だ。そのデータを本人の機材に入力すれば、そのままのニュアンスでそのままのサウンドが飛び出してくる。レコーディングにおけるリアンプの手法で全ライブの演奏データを取り組むわけだが、今回は、SUGIZO、INORAN、Jともにアンプへ入る直前の音を保存し、エフェクトも含め完成された状態のプレイデータを、それぞれ各本人使用のアンプに入力することで、全てのニュアンスをそのままに、アンプからホンモノの音を再生させていた。 そう、いないのは本人だけだ。演奏は生々しく再現され、それがアンプやドラムなど生楽器をその場で鳴らす。そこに重ねられるのが、バックのプロジェクターに映し出されるライブ映像と、RYUICHIの歌声、そしてライブには欠かせないオーディエンスの声援だ。 そこには、同時に走っていたテクノロジーとして、GPAP(General Purpose Audio Protocol)という技術もあった。音響と映像と照明や舞台演出など、ライブに絡む全てのデータを統一化して一元管理できる記録・再生システムで、演奏データのみならず、その時に動いていた照明やレーザーといった舞台演出も全てまるまる再現できてしまっている。この一連のプロダクトを、YAMAHAは「ライブの真空パック」と呼んでいた。ここに偽りや誇張はまったくない。まさしく「ライブの真空パック」だと思った。 完全再現には、細かい障壁や問題点はあれど、出力された音源を録音するのではなく、演奏というフィジカルな動作そのものをデータとして保存するという取り組みは、当然ながら今までなかった画期的なものだ。まだまだ追求すべきポイントはたくさんあるとのことだけれど、なにはともあれ、無形文化財と言うべきアーティストの演奏データをひとつでもひとりでも多く記録しアーカイブし、後世に残していくべきだというのが、YAMAHAの考えだという。プレイヤーの演奏データ…ライブでのプレイを未来へ冷凍保存する画期的なテクノロジーだ。 今回、<LUNA SEA Back in 鹿鳴館>の再現はYAMAHA銀座スタジオで行われたけれど、楽器こそ眼の前に置かれているものの、映像はバックのプロジェクタに大きく映し出されているだけなので、一般的な「単なるライブ映像視聴会」にしか思えない。けれど、その音は歴然と違っていた。録音された2mixをスピーカーから再生しても音は平面的だけど、生楽器が鳴り響きそこからPAへと送られ会場を包む音はライブなバンドサウンドそのものだ。そりゃそうだ、ドラムもギターもベースも全て生音なんだから。しかもそのプレイデータは本人がライブの本番で放出したそのものなんだから。 本人は単なる映像なのに、演奏には生々しいグルーブが伴っていた。その不思議な感覚があまりにも初体験すぎて、イベント終了後、YAMAHAの開発担当者に「録音されたライブ音源と違い、生々しいグルーブがあることに驚いた」と感想を述べたところ、「そこに気付いていただいて嬉しいです。そうなんです」と目を輝かせた。 今回はLUNA SEAのライブを再現することで、この志とテクノロジーをアピールしたが、筑前琵琶や馬頭琴といった伝統楽器の演奏に対しても同様の取り組みが実施されている。ボディに取り付けたアクチュエーターによって演奏データをボディに振動させ自動演奏を実現するというもので、YAMAHAには5年ほど前にもドラムやコントラバスの自動演奏を公開していた歴史もある。今後も幅広い楽器や音楽に対して、この「Real Sound Viewing」を展開していくという。素晴らしく夢のある話だ。 文◎BARKS 烏丸哲也
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