“凱旋試合”に垣間見た45歳のイチローが引退を拒絶して戦い続ける理由
だが、この3打席目の内容についてメディアに質問されたイチローは、こんな答えを返した。 「今日しか来られない人がたくさんいたと思う。結果を出したかったね。いい雰囲気、感激しました。東京のファン最高」 この打席を最後にベンチに退いたイチローは、21打席ノーヒットという結果よりも、凱旋帰国した自分を熱烈に歓迎してくれたファンの声援にヒットで応えられなかったことを悔いたのである。 メジャー通算3000本安打の金字塔を成し遂げて、殿堂入り確実と言われるイチローが45歳にもなっても、まるで求道者のように現役にこだわり、メジャーの激しいサバイバルに身を置く理由の一つを垣間見たような気がした。 原辰徳監督もイチローを絶賛した。 「久しぶりに会いましたが、体型が変わらず、あの年齢の中でも、守備力、走力、衰えていない。そこに彼の凄さを感じましたね」 2009年のWBCを共に戦った世界一メンバー。試合前に打撃ゲージの後ろで長い時間、談笑していた原監督は、「お互いにユニホームを着て再会ができた。そのことに敬意を表しながら話をした。彼はまだアスリート。現役プレーヤーの発展途上という中で大きなエールを送った」という。 さて残る不安は、21打席ノーヒットとなったイチローのオープン戦の成績が、20、21日の公式戦出場に与える影響である。 だが、サービス監督は「イチローはプレッシャーなんか感じていない。彼には、このシリーズへの参加権利がある。ちょっとスローかもしれないがね。今日もあたりのいいのがファウルになった。まったく心配していない」と断言した。 某メジャー関係者がこんな話をしてくれた。 「4番のエンカーナシオンだってオープン戦は打っていない。じゃあ、彼を4番から外すのか?というのと同じ話。首脳陣の信頼は変わらない」 メジャーを代表するレジェンドである。 公式会見に呼ばれた2人のチームメイトがこんな話をした。 「イチローの残したすべての業績が偉大だ。今でも輝いている」 「彼はロールモデル。若い世代は彼を見習っている」 開幕戦のスタメンにイチローの名前があっても誰も異論はない。 今日、18日にもう1試合行われる巨人との試合を最後に、いよいよ開幕戦を迎える。おそらく、そのスタメンにイチローの名前はあるのだろう。 問題は、その後である。日本遠征のため特別に28人に広がっているロースターの枠が25人に戻される。その時、落とされる3人にイチローが入るのか、入らないのか。あらゆる不確定要素が、複雑に絡まっていて、現段階では、誰も“東京後”のイチローの処遇に結論は出せないでいる。だが、もし、その3人にイチローが入れば、必然的に引退しか選択肢がなくなってしまう。 18日の公式会見でAP通信の記者にズバリ「いつ引退するのか」と、この問題を突っ込まれたイチローは、こう答えていた。 「それは僕にもわからない。こういう質問に慣れていないと。12年にシアトルからニューヨークにトレードで行ったが、毎日、その日を懸命に生きてきた。マイアミに行ってからも同じだ。メジャーは厳しい世界。いつ通達が来るかもわからない。そういう日々を過ごしてきた。そして今日、またここにいる。一瞬、一瞬を刻みたい」 覚悟を決め、今なお戦い続ける、その姿に人々は酔いしれる。 巨人の攻撃時以外には、鳴りモノを使った応援が静まり、ボールとバットが当たる瞬間の乾いた音だけが響く静寂の東京ドームが“イチロー愛”に包まれる理由である。