革新的な表現に挑んだ日本画家・尾竹三兄弟の全貌を紹介『オタケ・インパクト』10月19日より泉屋博古館東京で
2024年10月19日(土)より、六本木一丁目の泉屋博古館東京では、『オタケ・インパクト ―越堂・竹坡・国観、尾竹三兄弟の日本画アナキズム―』を開催する。明治から昭和にかけて文部省美術展覧会(文展)他、様々な展覧会で活躍した尾竹三兄弟を東京で初めて紹介する展覧会だ。 【全ての画像】尾竹竹坡《月の潤い・太陽の熱・星の冷え》ほか(全10枚) 新潟で染物屋を営む家に生まれた尾竹家の長男・越堂(えつどう、1868-1931)、三男・竹坡(ちくは、1878-1963)、四男・国観(こっかん、1880-1945)。幼くして東京に出て四代歌川国政に学んだ越堂は、富山で売薬版画の下絵や新聞の挿絵などで家計を支えるようになり、兄を追って富山に出た竹坡と国観も、児童画コンクールや官展で優秀な成績をおさめるなど、若くして類いまれなる画才を発揮した。 その後3人は上京し、主に文展を舞台に活躍。とくに「文展は広告場」と豪語した竹坡は、展覧会ごとにその作風を変えて大衆の人気を集め、官展の花形作家のひとりとなっていった。しかし明治41年(1908)、10月に開催された国画玉成会で、竹坡は審査員の選出を巡って岡倉天心と対立することに。中央画壇と袂を分かった三兄弟は、竹坡の門下生たちによって発足した「八火会」(後に「八華社」「八火社」と改称)を舞台に作品を発表し、従来の日本画から逸脱する表現を世に問うた。 同展では、明治41年、国画玉成会に出品されるも天心との衝突ですぐさま撤去された国観の《絵踏》ほか、三兄弟の魅力あふれる代表作の数々を紹介する。「展覧会芸術の申し子」と謳われながら、美術史のメインストリームからこぼれ落ちてしまった彼らのエキセントリックな活動と革新的な作品は、現代人の目にはさらに新しく多様な美術史の水脈を提示してくれるに違いない。 なお、シンポジウムや記念講演会など、ラーニング・プログラムも多数用意されている。各プログラムの詳細や申し込み方法などは、同館ホームページにて確認を。 <開催概要> 『オタケ・インパクト ―越堂・竹坡・国観、尾竹三兄弟の日本画アナキズム―』 会期:2024年10月19日(土)~12月15日(日) ※前期は11月17日(日)まで、後期は11月19日(火)から 会場:泉屋博古館東京