映画『梟―フクロウ―』:韓国で大ヒット、“遅咲きの新人”監督が時代劇スリラーで歴史の謎に挑む
稲垣 貴俊
2022年に韓国で公開されてランキングNo.1の年間最長記録を樹立し、翌年同国の映画賞で最多25冠に輝いた大ヒット歴史スリラーが日本に上陸する。映画『梟―フクロウ―』は、ある変死事件の真相を知った盲目の鍼(はり)師が王家の陰謀に巻き込まれてゆく物語。51歳で監督デビューを果たした“遅咲きの新人”アン・テジンに、時代劇のイメージを裏切る映画製作の裏側を聞いた。
史実の変死事件、スリラーに変換
「朝鮮に戻った王の子は、ほどなくして病にかかり、命を落とした。彼の全身は黒く変色し、目や耳、鼻や口など七つの穴から鮮血を流し、さながら薬物中毒死のようであった」──。 李氏朝鮮時代の第16代国王・仁祖(インジョ)の息子であるソヒョン世子の変死について、朝鮮王朝実録にはこのように記されている。毒を盛られたと思しき病状でありながら、薬物中毒死として扱われたソヒョン世子の変死事件、その真相やいかに。 この歴史上の謎に惹(ひ)きつけられたのが、映画『梟―フクロウ―』の監督・脚本を務めたアン・テジンだった。彼が生み出したのは、想像力を駆使して、史実のミステリーに独自の解釈を加えた時代劇スリラー。しかし、物語の着想はこの事件ではなかったという。 「最初に提案を受けたのは、視覚障がいのある主人公が、あるものを“目撃”してしまうという内容の企画でした。いわゆる“目撃者モノ”のスリラーを撮るのにぴったりの設定だと思いましたが、主人公の設定しか決まっておらず、どんな物語にすべきかと悩みましたね。主人公の障がいには周りの人々が気付かない秘密があり、じつは彼だけが恐ろしい事実を知っていたという話はどうだろうか──そんなふうに発想をふくらませるうち、仁祖という国王と、その息子の物語にたどりつきました」 ソヒョン世子の変死事件は史実だが、主人公の盲人・ギョンスは、実際には存在しないオリジナルのキャラクターだ。鍼の技術を宮廷の医長・ヒョンイクに認められたギョンスは、宮廷お抱えの鍼師として働きはじめる。盲目の彼は、ひょんなことからソヒョン世子の死に立ち会ってしまい、その真実を伝えようとして王家の陰謀に巻き込まれるのだ。